妊活・不妊治療におけるメトグルコの可能性

妊活・不妊治療におけるメトグルコの可能性

メトグルコという薬は

不妊治療で、メトグルコ(一般名:メトフォルミン)という薬が注目を集めています。メトグルコは糖尿病の治療薬として長らく使われています。糖尿病は膵臓の働きが弱くなり、血糖値を下げるインスリンというホルモンの分泌が悪くなる病気です。糖尿病の患者さんの中には、インスリンに対する細胞の感受性が悪くなる「インスリン抵抗性」という問題のある方がいます。メトグルコは種々の細胞に作用して、インスリンに対する感受性を上げることによって、膵臓からのインスリンの分泌量を低下させる薬です。

ではなぜこの薬が、不妊治療の世界で注目されているのでしょうか? それは、不妊治療でよく見られる病気に、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という病気がありますが、この患者さんでは高率に「インスリン抵抗性」が見られるのです。ですから、こうした患者さんに対してメトグルコを投与して「インスリン抵抗性」を下げることによって、排卵を促すことができるわけです。実際、「不妊ルーム」でもPCOSの方にメトグルコを使って何人もの方が妊娠されています。

 

新たにメトグルコが注目される理由

ところがこのメトグルコは最近、不妊治療、とりわけ体外受精などの高度生殖医療において注目をされているのです。と言うのは、メトグルコが卵子の若返りに寄与する可能性があるからです。メトグルコが卵子の若返りのメカニズムとして、以下のようなことが考えられています。

 

 ・ミトコンドリア機能の改善

卵子の質はミトコンドリアの健康状態に強く依存しています。メトホルミンはAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化し、ミトコンドリアの機能を改善する可能性があります。

 ・酸化ストレスの軽減

卵子の老化の一因である酸化ストレスを抑制する作用があると考えられています。メトホルミンは抗酸化作用を持ち、卵巣内の細胞を酸化ダメージから守る可能性があります。

 ・インスリン抵抗性の改善(特にPCOSの女性に有効)

PCOSの女性はインスリン抵抗性が高く、高インスリン血症が卵巣に悪影響を与えることが知られています。メトホルミンを使用することで、インスリン抵抗性が改善し、ホルモンバランスが整い、排卵が促されることが多くの研究で確認されています。

 ・卵巣の老化を遅らせる可能性

一部の動物研究では、メトホルミンが卵巣の老化を遅らせる可能性が示唆されています。

例えば、加齢による卵巣機能の低下を抑え、卵巣内の卵子数(卵胞数)を維持する効果が報告されています。

細胞の種類とミトコンドリアの数(目安)

ミトコンドリアは赤血球を除く全ての細胞に存在する細胞内小器官です。別名「細胞内発電所」と呼ばれるように、細胞にATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーを供給する働きをします。

ミトコンドリアの数は細胞の種類やエネルギー消費量によって異なりますが、1つの細胞に数百〜数千個程度存在するとされています。例えば下記のような数です。

 

赤血球:0個:成熟した赤血球にはミトコンドリアがなく、解糖系のみでエネルギーを作る。

皮膚細胞:数百個:代謝は活発だが、筋細胞や肝細胞ほどではない。

神経細胞:数百〜数千個脳のエネルギー消費は高く、ニューロンの活動を支えるためミトコンドリアが多い。

肝細胞:1,000〜2,000個:代謝が活発で、多くの化学反応を行うためミトコンドリアが豊富。

筋細胞(特に心筋細胞):数千〜数万個:大量のATPが必要なため、特に心筋細胞は細胞全体の40%がミトコンドリアと言われるほど多い。

卵子:10万個以上:受精・発生のエネルギーを供給するため、人体の細胞の中で最も多くのミトコンドリアを持つ。

 

これからもわかるように、卵子には他の細胞のとは比較にならない数のミトコンドリアが存在しているわけです。そして、年齢とともにこの卵子の中のミトコンドリアの数も減少し、老化することが知られています。すなわち、卵子の老化とは、ミトコンドリアの減少と老化に置き換えられるわけです。メトグルコはこの細胞の中のミトコンドリアにパワーを与えることによって卵子に元気を与えるという報告がいくつもされているのです。

 

「不妊ルーム」でのメトグルコの経験

「不妊ルーム」では、非常に印象深い経験をしました。外国で体外受精を何度も受けられた40代半ばの女性です。日本では考えられないようなとても強い排卵誘発を行っていました。通常40代半ばとなれば、排卵誘発をしても、卵が2〜3個しか取れないケースがほとんどなのですが、この方の場合、毎回20個前後の卵が採卵でき、さらに驚くことにAMHの値が3.0〜3.5をキープしているのです。そして彼女の話を詳しく聞いてみると、医師から「卵巣の状態をキープするために、メトグルコを飲むように」とアドバイスされ、採卵前からずっと飲んでいたと言うのです。そのことがたくさんの卵が取れることに関係しているのかもしれません。

 

こうしたことを踏まえて「不妊ルーム」でも、今後PCOSのみならず、体外受精を視野に入れている方、高齢、AMHの値が低い方などに、今後メトグルコ使用の可能性について、慎重に考えていきたいと思っています。

 

【お知らせ】
昨年12月よりXを始めました。
役立つ妊活情報をいろいろ提供していきたいと思っています。
「不妊ルーム」の〝不妊治療だけが妊娠に至る道ではない〟
というメッセージを皆様に届けします。
XのURLは以下の通りです。
https://x.com/komacli_hojo

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)