「不妊ルーム」開設後、妊活のフォローアップ開始からほどなくして、漢方薬の使用を始めました。その理由については、いくつかありますが、何よりも大きかったのは、通院される女性から、漢方薬を処方してほしいという要求が強かったことです。
「不妊ルーム」のフォローは漢方薬からスタートしました!
「妊娠しなくてもかまいませんから、不妊治療の薬漬けでボロボロになった身体を、漢方薬でなんとかしてもらえませんか?」という患者さんからの悲痛な訴えが、私の心に響いきました。また、私は医学生の頃から、漢方医学に興味を持ち、独自で勉強もしていました。実際に漢方薬を使用してみると、これまで不妊治療で妊娠されなかった方が、次々と妊娠される現実を目の当たりにし、漢方薬の実力に驚かされました。
漢方薬に関しては、否定的な医師が多いことも私は知っています。中には「漢方薬はお茶だ」などと言う医師もいました。しかし、実際に効果を目の当たりにして、漢方薬が効かないなどとは信じられません。副作用が見られず、効果があり、なおかつそれを患者さんが望んでいるのであれば、使用すべきだと考えたのです。漢方薬はいろいろな生薬の合剤になっています。個々の成分がわかっていても、その全体を科学的に解析するということが難しいのです。
「35歳の壁」につきあたる
漢方薬にクロミッドなどの排卵誘発剤を加える形で、妊娠される女性は順調に増えていきました。そして私も少しずつ不妊に悩む女性のフォローアップに自信を持ってきたのです。しかし、世の中の女性の結婚年齢の高齢化に伴う、妊活年齢の上昇もあって、こうしたやり方だけでは、妊娠に至らない方も増えてきました。「35歳の壁」につきあたったのです。卵子のエイジング(老化)にどう抗うのかという課題です。
こうした女性たちを不妊治療の専門の先生に紹介していたのですが、「不妊ルーム」の方がいいと、戻ってこられる方も少なくありませんでした。不妊治療は、大きな精神的なストレスを伴うことが多いのが理由かもしれません。それからまもなく内科的なアプローチというブレイクスルーを見つけることができ、「卵巣セラピー」に通じる扉が開いたのです。
そして「卵巣セラピー」へ
今から10年ほど前から、甲状腺ホルモン投与、亜鉛-銅バランスの調整、ビタミンDサプリメント、DHEAサプリメントなどを用いた「卵巣セラピー」を併用するわけです。そもそものスタートは、当院から体外受精の専門医療機関に紹介した女性が、甲状腺ホルモンのバランスが正常なのにもかかわらず、甲状腺専門病院に紹介され、甲状腺ホルモン製剤が処方されていました。私はそのことを不思議に思い、その不妊治療の医師に尋ねたのです。その医師は、「アメリカでは、甲状腺ホルモンを厳格にコントロールする治療がおこなわれ、これにより妊娠率が向上しています」という回答がありました。それで当院でも甲状腺ホルモンのコントロールを厳格に行うようにしたのですが、確かに妊娠される女性が増えたのです。
それからDHEAサプリメント、亜鉛-銅バランスの調整などを行うわけです。2018年には亜鉛製剤ノベルジンが、「亜鉛欠乏症を伴う不妊症」に保険適用となりました。このことは強い追い風となりました。「亜鉛」は卵子の成熟に重要で、一方の「銅」は着床を傷害し、このふたつは「シーソー関係」にあるので、バランスをとることが大切なのです。
こうしたアプローチは、経口薬やサプリメントを用いるわけですから、いわば生殖内科医療とも言えるわけです。ちょうどその頃に、このような内科的なアプローチによって妊娠率が上がるというエビデンスが次々と出てきたのです。こうしたことが「卵巣セラピー」というものを形作ることになりました。
漢方薬は妊娠しやすい身体の土台をつくる
それでは、漢方薬と卵巣セラピーはどのような関係にあるでしょうか? それを説明するには、「ケーキ作り」を例にとると説明しやすいかもしれません。漢方薬というのは、病気を体の歪みを捉えて、その歪みを正すことによって、その中心部に位置する病気を治すという考え方をします。ですから、漢方薬をケーキに例えるとファンデーション(土台)と言えるかもしれません。すなわち、生地という土台づくりをするわけです。
「卵巣セラピー」でより妊娠しやすい身体に
それができたところで、生クリーム、イチゴのトッピングなどをおこない、ケーキを完成させます。そして、このいわば後からのせる生クリーム、イチゴに相当するものが、「卵巣セラピー」です。それがビタミンDサプリであり、DHEAサプリ、亜鉛-銅バランスを整えるノベルジンというクスリだったりするわけです。こうした過程を経て、おいしいケーキが出来上がるのですね。そうです、こうした一連のプロセスで、妊娠しやすい身体になるのだと私は思うのです。すこし奇抜な説明かもしれませんが、漢方薬と卵巣セラピーはこのような関係にあると私は思っています。