「不妊治療不妊」という落とし穴 —オキシトシンの視点から考える、ほんとうの妊活—

「不妊治療不妊」という落とし穴 —オキシトシンの視点から考える、ほんとうの妊活—

「これだけ頑張ってるのに、なぜ妊娠できないの?」

そんな疑問と焦りの中、不妊治療を続けている方は少なくないのでは? 一方で、治療を一時中断しただけで、ふと妊娠した…という話を耳にしたことがありませんか?

それは偶然でしょうか? それとも、そこに何か“本質”が隠れているのでしょうか? あなたは、「不妊治療不妊」とでも呼ぶべきスパイラルに陥っているかもしれません。そこから抜け出すキーワードが、“オキシトシン”というホルモンです。

「がんばるほど遠ざかる」という矛盾

不妊治療は、医療の力を借りて妊娠の可能性を高めるためのものです。しかし皮肉なことに、その治療が心と体に大きなストレスとなり、逆に妊娠を遠ざけてしまう場合があるのです。

  • 排卵に合わせた「義務的なセックス」
  • 周期に合わせて通う頻回な通院
  • 注射、ホルモン剤の副作用への不安
  • 治療費へのプレッシャーと焦り

こうしたストレスが積み重なっていくと、やがて夫婦の会話も「次の通院いつ?」「注射打った?」と、まるで業務連絡のように。愛情を育むはずの時間が、管理と義務にすり替わっていくのです。

心がこわばり、体もかたくなる。笑顔が減り、スキンシップも減り、「愛する人との営み」さえ、作業になっていく。こうした状態では、どれだけ治療を積み重ねても、心と体が妊娠に向かわないのは当然かもしれません。

「妊娠しやすさ」は、ホルモンで変わる

ここで知っていただきたいのが、“オキシトシン”というホルモンです。オキシトシンは、別名「愛情ホルモン」「絆(きずな)ホルモン」とも呼ばれます。やさしい言葉、ぬくもりのある会話、スキンシップ、セックス、笑い、音楽、自然、感謝、、、。こうした日常の小さな幸福体験が、脳の視床下部に働きかけてオキシトシンの分泌を促します。

オキシトシンには以下のような働きがあります。

  • ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を抑え、リラックスさせる
  • 愛着や信頼を高め、夫婦関係を安定させる
  • 排卵、着床、妊娠維持に良い影響を与える

つまり、妊娠にとって必要不可欠な「安心感」「つながり」「心のゆとり」を育てるのが、オキシトシンなのです。

治療が「オキシトシンの敵」になるとき

不妊治療が本格化すると、生活の中から「ぬくもり」が消えやすくなります。タイミングを合わせるセックスに、気持ちが伴わなければオキシトシンは分泌されません。むしろ、「この日にしなきゃ」「今日は義務だから、、、」というストレスが強くなると、オキシトシンの分泌は抑えられ、かわりにコルチゾール(ストレスホルモン)が増えてしまうのです。

治療が長引くにつれ、「心が休まる時間」が減り、夫婦の間にあった柔らかい愛情が、少しずつ「成果主義」の空気に飲み込まれていきます。すると身体は“安心”を感じられず、排卵や着床にも影響を及ぼしてしまう。

これが「不妊治療不妊」の正体です。本来は妊娠をサポートするはずの治療が、いつのまにか妊娠の妨げになっている、、、。そうした矛盾に、あなたは目を向けてみませんか。

「オキシトシン生活」を取り戻そう

では、どうすればいいのでしょうか?

答えはとてもシンプルです。
医療に頼りきるのではなく、日常にオキシトシンを増やす生活——「オキシトシン生活」を取り戻すことです。

  • 朝起きたときに、ぎゅっとハグする
  • 一緒に散歩して、風や空の話をする
  • 美味しいものを「おいしいね」と言いながら食べる
  • 手をつなぐ、目を見て話す、笑い合う
  • 無理せず、「今日は治療を休もう」と決める勇気を持つ

クスリでも注射でもない「心の治療薬」は、このように日常の中にあるのです。そのひとつひとつが、あなたの心と体をやわらかくし、妊娠に向けて整えてくれるのです。

「不妊ルーム」での取り組み

「不妊ルーム」では、もちろん必要な検査や治療は行います。ですが、それ以上に大切にしているのが、カップルとの“ゆるやかな距離感”です。

過干渉でも、放任でもない、つかず離れずの関係。医師として、数値を追いますが、私はこのスタンスこそが、最も妊娠につながると経験的に知っています。

卵胞チェックも、一般的には膣からの超音波検査が主流ですが、「不快感が強い」という声も多くあります。当院では、腹部からの超音波検査で、心へのストレスを最小限にしています。

また、カップルの心の状態を大切にするため、「あえて治療の間をあける」提案をすることもあります。「いまは、治療よりもオキシトシンを増やす時間を持ちましょう」と。その方が、結果的に早く妊娠にたどり着く。それが私たちの実感であり、モットーでもあります。

がんばる妊活から、“ゆるめる妊活”へ

妊娠は、「こうすれば確実にできる」というものではありません。排卵やホルモンだけでなく、心の状態、夫婦のつながり、生活の質——あらゆる要素が静かに、けれど確かに影響し合っています。治療を頑張ることも、もちろん大切です。しかし「がんばらない時間」も必要なのです。

あなたの妊活に足りないのは、もしかしたら、
休むことかもしれません。
笑うことかもしれません。
パートナーの手を、もう一度、心からつなぐことかもしれません。

オキシトシンが満ちる時間は、あなたと赤ちゃんをつなぐ、大切な架け橋。ぜひその時間を、日常の中に取り戻していってください。

あなたが、自分自身にやさしくなれますように。
そして、パートナーとふたたび、心から笑い合えますように。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)

弘前大学医学部を1987年に卒業後、都内で内科研修を経てドイツ・フライブルク大学病院に留学し、帰国後は東京大学大学院で医学博士号を取得。2004年に「こまえクリニック」を開院し、不妊治療と相談を専門とする「不妊ルーム」を運営。自身も4年間の不妊治療経験を持ち、ストレスケアを重視した診療を行っている。『令和版 ポジティブ妊娠レッスン』(主婦と生活社)をはじめ、不妊治療に関する著書も多数出版している。

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