体外受精に伴う培養技術の進化
体外受精においては、かねてよりひとつの「矛盾」が指摘され続けてきました。通常の自然妊娠においては、卵管の両端に位置する卵管膨大部という場所で精子と卵子が出会い、受精卵は5〜6日かけてゆっくりと卵管内を子宮内膜を目指して移動し、そして着床します。着床時の受精卵は、細胞分裂が進み、200〜400細胞からなる胚盤胞と呼ばれる状態になっています。しかし、体外受精においては4〜8分割卵を子宮内に戻しますので、3日~4日間のタイムラグがあることがかねてより指摘されてきたのです。こうしたかたちでの体外受精が長期間行われてきたのは、卵子が体の外という非生理的な環境下に置かれる時間は、できるだけ短い方がよいと考えられてきたということもあります。そしてなによりも、培養液や培養技術の限界で、培養器の中では胚盤胞にまで分化させることができなかったという事情がありました。
しかし培養技術や培養液の改良により、受精卵を5~6日まで培養して良好な胚盤胞にまで育てて戻すことが可能となってから、胚盤胞移植と呼ばれる技術が急速に普及するようになりました。胚盤胞移植が普及するようになって、ほぼ自然妊娠と同じ状態の胚を子宮内へ戻すことができるようになったのです。これまでの体外受精は、ホテルを利用することを例にとれば、ベッドメイキングが完了する前に到着してしまったという状態から、十分にベッドメイクされた状態で到着させることができるようになったわけです。
胚盤胞移植のリスク
しかし胚盤胞移植も問題点が全くないわけではありません。何よりも大きな問題点は、長期間培養することにより、受精卵が胚盤胞にまで到達せず、胚移植がキャンセルになってしまう確率が高くなるということです。受精卵を培養し続けても、最終的に胚盤胞にまで発育する割合は4割程度と考えられており、複数個培養しても、胚移植のキャンセル率が20%を超えるといわれています。
さらに胚盤胞移植にともなう問題点として、一卵性双生児の発生が増えるという問題があります。胚盤胞を一個しか移植しなくても、それが二つに分かれ、二つの命となることがあるのです。一卵性双生児は二卵性双生児に比べ、その周産期管理は格段に難しいとされています。なぜなら、一卵性においては胎盤を共有していますので、発育不全や胎児仮死といったことがまれではないからです。胚盤胞移植が開始されたときには、一卵性双生児の発生が増えることが起こるとは予想されてはいませんでした。通常の体外受精に比べ、胚盤胞移植は未だその安全性は確立されていないといえるのかもしれません。また、欧米での厳密な比較研究では、妊娠率において4〜8分割卵を移植する初期胚移植と胚盤胞移植を比べても、妊娠率にあまり変わりがないという報告もあります。
胚盤胞移植で妊娠率を高めるためには
現在胚盤胞移植が有効と考えられる場合として、良好な初期胚をくりかえし移植したにもかかわらず、妊娠に至らない症例では、着床障害が原因と考えられ、この場合より着床しやすい状態にある胚盤胞の方が移植に適していると考えられます。また、卵管性の不妊症、子宮外妊娠の既往のある人、卵管水腫のある患者などでも、通常の初期胚移植より胚盤胞移植の方がより妊娠率が高いと考えられています。
胚盤胞においても通常の初期胚同様、凍結保存も行われますが、この場合解凍時に受けるダメージは胚盤胞でより大きく、移植がキャンセルになることもあります。
胚盤胞移植を行う際の注意点
これまで述べてきたように胚盤胞移植は、通常の初期胚移植以上により高度な技術が要求される医療であり、医療機関による技術の格差は通常の体外受精にも増して大きいといえます。さらに、胚盤胞移植は、胚盤胞にまで発育していく過程で受精卵が選択されていくので、見かけ上の妊娠率がよいだけで、最終的な妊娠率が高いとは言えないという報告も多くあることを知っておいてください。