
妊娠するということ
人間は妊娠しやすいわけじゃない
まずはじめに妊娠について、皆さんに意外だと思われるかもしれないお話をしましょう。
妊娠しにくい要因となるものが何もなければ、人間の場合、1回の生理周期あたりの妊娠率は15-30%だと言われています。対して、哺乳類の中で最もヒトに近いとされるチンパンジーの場合、妊娠率は70%だと考えられております。そしてマウスの場合、排卵した卵子の大半が受精するだけでなく、子宮にて発育するという結果が報告されています。
これらのことから言えるのは、人間はもともと、そんなに妊娠しやすいわけではないということです。なかなか子どもを授かることができなくとも、不妊症だとは限らないのです。
では“不妊”という可能性を考えたほうがよいのは、どのような状況なのでしょうか?
かつては「通常の夫婦生活を送っているにも関わらず、2年経っても妊娠の兆候が見られないケース」を“不妊症”だと定義することが一般的だったように思います。ですが、最近では「1年経っても妊娠の兆候が見られないケース」を“不妊症”と定義したほうが、より実情に合っているのでは、という見方が強くなっています。いったいどうしてでしょうか?
100組の夫婦がいるとします。もし仮に、彼らの一周期あたりの妊娠率を25%(※1回の生理周期あたりの妊娠率15-30%の中央値近くの値)とした場合、100組のうちの何組が1年間で妊娠する可能性があるかを考えてみることにしましょう。
妊娠率通りならば、一周期目つまり最初の1ヵ月で25組(100組の25%)が妊娠するわけですから、2ヵ月目に入る段階でまだ妊娠していないのは75組。2ヵ月目の終わりにはさらに約19組が妊娠しますから、妊娠していない夫婦は56組となり……というように計算を繰り返していった場合、1年後に妊娠していない夫婦は約3組という結果が出るのです。
もちろんこれはあくまでシミュレーションにすぎません。ですが実際の統計を見ても、子どもを望む夫婦のうち、ほとんどが妊活開始から1年以内に妊娠しているという結果も報告されています。このことも「1年経っても子どもを授かることができなければ……」という考え方の裏付けになっていると言ってもよいでしょう。
妊娠成立のメカニズム
そもそも人間は、どのようなメカニズムで妊娠しているのでしょうか。ここではその過程をご紹介したいと思います。
夫婦生活が営まれた結果、膣の中へと入った精子は、子宮を目指し一斉に泳ぎはじめます。ですが、その大半は子宮にたどりつく前に活動を停止してしまいます。理由としては膣内が酸性であるため、タンパク質が主成分の精子は生存しにくいことが考えられています。とはいえ子宮の方からは頚管粘液を出すなど、精子を向かい入れやすくする働きもいくつかあります。また、子宮が精子を吸い込むスポイトのような役目もしているのではないかと言われています。見方によっては、子宮はスポイトのゴムの球のような形にも見えてきませんか?
このような働きの助けも経て、ごくごく一部の精子が、子宮の内部へとたどりついたとしましょう。子宮の内部では、今度は白血球が待ち構えています。白血球は基本的に精子のことを「よそ者(異物)」だと認識しますから、白血球の攻撃により、ここでも多くの精子が活動を停止してしまいます。
受精までの道のりはもう少し続きます。子宮の内部へと到着した精子は、さらに卵管を目指し泳ぎつづける必要があります。卵管の両方の端は内腔が大きくなっていて卵管膨大部と呼ばれています。こここそが、卵子と精子が初めて出会い、そして受精が行われる場所となるのです。
妊娠が行われるには、卵子と精子が出会うことが大前提となります。ですから通常、精子の寿命が約3日、卵子の寿命が約24 時間ということも大切な要素となってきます。
ここまでたどりつけるのは、最初に放出された1~3億ほどの精子のうちの、ほんのひとつまみにあたる数百程度となります。ですが、やっとのことで卵管膨大部へとたどりつけても、卵子の周辺を幾重にもとりかこむ卵丘細胞という細胞が待ち受けています。卵丘細胞というのは、いわば卵子のお供のようなものにあたる細胞ですから、卵巣から排卵される際に卵管采と呼ばれるラッパのような形の入口を通過して、卵子とともに卵管へと移動してきます。いうなれば、昔話の「かぐや姫」が多くのお供を従えて月へ飛び立つような感じだと言ってもよいでしょう。
この中をかきわけて卵子を目指した精子の一部が、卵子へとたどりついたとしましょう。最後に待っているのは、卵子の表面にある透明帯と呼ばれるゼリー状のバリアです。さらにここをつき抜け、まさに頭一つの差でも、1番乗りで卵子にたどりつくことができた一つの精子のみとの受精が成立します。すると卵子表面に化学変化がおこり、そのほかの精子を受けつけることが一切できなくなります。
受精が行われたのち、卵子は細胞分裂(卵割)を開始し、それと時を同じくして子宮へとむかって卵管のなかを動き始め、ゆっくり3~4日ほどかけ子宮へとおります。そのいっぽうで、子宮もまた受精卵をむかえる着床のための用意を開始します。このとき、卵胞ホルモンと黄体ホルモンを継続して分泌する働きが起こることから、子宮内膜は厚みを増し、体温も上昇することとなります。受精卵が子宮内膜に潜ることがが着床であり、これをもって妊娠の成立とするのです。