精子無力症とコエンザイムQ10ーー精子のチカラを引き出す補酵素

精子無力症とコエンザイムQ10ーー精子のチカラを引き出す補酵素

卵子だけじゃない。CoQ10は「精子」にも効く

妊活において「卵子の老化」や「卵子の質」が話題になることが増え、コエンザイムQ10(以下、CoQ10)のサプリメントが注目を集めています。CoQ10がミトコンドリアの働きを助け、卵子のエネルギー代謝をサポートするという話は、すでに多くの女性に知られてきました。

けれども実は、このCoQ10が生殖医療の分野で、ずっと以前から注目されてきたのは「男性因子」、とくに精子無力症(精子の運動率が低い状態)に対してなのです。これは生殖医療に関わる泌尿器科医のあいだでは常識となっています。

男性側の妊孕力(妊娠させる力)を考えるうえで、精子の「数」や「形」だけでなく、「運動性」が非常に重要です。どんなに多くの精子が存在しても、動きが鈍ければ、卵子にたどり着くことができないからです。そして、この「動き」に深く関わっているのが、ミトコンドリア、そしてCoQ10なのです。

ミトコンドリアは「精子のエンジン」

私たちの体のすべての細胞には、ミトコンドリアという「エネルギー工場」が存在しています。ミトコンドリアは、細胞が活動するためのエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)をつくり出します。これは車で言えば、ガソリンに相当するものです。

精子の場合、このミトコンドリアはとくに尾部(中片部)に集中して存在しています。これは当然であって、精子は鞭毛(べんもう)と呼ばれる尾を使って、まるで魚のように泳いで卵子を目指すからです。受精のためには、精子が卵管内を数時間かけて泳ぎ続ける必要があります。つまり、精子は「泳ぎ切る体力」を持っていなければならず、そのためには大量のATP=エネルギーが必要になります。

CoQ10はミトコンドリアの補酵素

CoQ10は、私たちの体内で自然に合成される物質で、ビタミンに似た働きを持っています。ミトコンドリア内でATPを生成する際に必要不可欠な「補酵素」として機能しており、エネルギー代謝をスムーズに進めるために重要な存在です。

年齢やストレス、生活習慣によって体内のCoQ10量は減少すると言われています。これは精子にも同じことが起きます。体内のCoQ10が不足すれば、精子のミトコンドリアも十分にATPを産生できなくなり、結果として運動率が低下してしまうのです。

精子無力症とは? ——静かに泳がない精子たち

精液所見の中で、精子の運動率が低下している状態を「精子無力症」と呼びます。これは男性不妊のなかでも比較的よく見られるタイプで、精子の数や形には問題がなくても、動きが鈍ければ自然妊娠の可能性は大きく下がってしまいます。

動かない、あるいは泳ぎが弱い精子では、卵子までたどり着けず、受精そのものが成立しません。体外受精や顕微授精を行う場合でも、運動性の低い精子は、受精率が低く、また受精しても胚の発育が停止してしまいやすいのです。

CoQ10が精子を「動かす」エビデンス

では、CoQ10を補うことで精子の運動性は改善されるのでしょうか? これに関しては、いくつもの研究が行われており、一定の効果があることが示されています。

たとえば、ある臨床試験では、3ヶ月間のCoQ10サプリメント投与によって、精子の運動率が有意に改善したという報告があります。また、精子の「直進運動率」(まっすぐ進む力)が向上したケースも多く、自然妊娠につながった例も報告されています。

これらのデータから、CoQ10は精子の運動性、さらには男性の妊孕力全体を底上げする可能性を持っていると考えられています。

医師の立場からのすすめ方

CoQ10はサプリメントとして入手可能で、副作用もほとんど報告されていません。しかし、すべてのケースで有効というわけではなく、あくまで「軽度〜中等度の精子無力症」に対しては試してみる価値があるという位置づけです。

泌尿器科外来や生殖医療クリニックでは、精液検査の結果をもとに、以下のような患者さんにCoQ10の摂取を勧めています。

  • 精子の運動率が基準値(40%以上)を下回っている
  • 特に病気やホルモン異常がない
  • 生活習慣の改善と合わせて妊孕力を高めたい
  • サプリメントを試すことに前向きである

実際には、100〜200mg/日を目安に、3〜6ヶ月の継続が推奨されています。個人差はありますが、途中で精液検査を再度行い、効果を確認しながら調整します。

男性も「できること」がある

妊活はどうしても女性の負担が大きくなりがちです。しかし、男性側にもできることはあります。その一つが、自らの精子の質を高める努力です。

CoQ10の摂取は、その第一歩としてとても実践的で安全なアプローチです。もちろん、十分な睡眠、禁煙、バランスの良い食事、ストレス管理などの生活習慣改善も重要です。サプリメントはあくまで「補助」であり、体全体の健康が精子の質にも直結します。

「精子の健康」にもっと光を

近年、精子の質の低下が世界的にも問題視されるようになってきました。環境ホルモンやストレス、生活習慣の乱れによって、若年男性でも運動率が低下しているケースが見受けられます。

CoQ10は、精子にエネルギーを与える「ミトコンドリア」に直接働きかける、数少ない成分の一つです。妊活を女性だけの課題とせず、男性も主体的に向き合うことが、これからの不妊治療の鍵になるでしょう。「精子のチカラ」を信じ、正しくサポートすること。CoQ10はそのための力強い味方となる可能性を秘めています。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)

弘前大学医学部を1987年に卒業後、都内で内科研修を経てドイツ・フライブルク大学病院に留学し、帰国後は東京大学大学院で医学博士号を取得。2004年に「こまえクリニック」を開院し、不妊治療と相談を専門とする「不妊ルーム」を運営。自身も4年間の不妊治療経験を持ち、ストレスケアを重視した診療を行っている。『令和版 ポジティブ妊娠レッスン』(主婦と生活社)をはじめ、不妊治療に関する著書も多数出版している。

プロフィールはこちら