不妊治療不妊にご用心

不妊治療の落とし穴

「妊娠したい」と思って不妊治療を始めたのに、なぜか妊娠から遠ざかってしまう——。
最近、このような「不妊治療不妊」とも呼べるケースが増えています。本来は妊娠をサポートするはずの治療が、逆に身体や心に負担をかけ、結果的に妊娠力を下げてしまうのです。この現象を理解するカギは、「オキシトシン」にあります。

オキシトシンとは? その二つの顔

オキシトシンは、脳の視床下部で作られ、血流に乗って全身に働きかけます。よく知られているのは「子宮を収縮させる作用」ですが、実はそれだけではありません。

●血液中での働き
血流にのって子宮に到達したオキシトシンは、ホルモンとして子宮の筋肉をやさしく収縮させ、精子をスムーズに子宮内へ導きます。排卵時や性交後にこの作用が起こることで、受精のチャンスが高まります。

●脳内での働き
また、オキシトシンは、神経伝達物質としてドーパミンやバソプレシンと協力し、性的興奮を高め、クライマックスへと導きます。これは単なる快楽ではなく、脳と身体を「妊娠しやすいモード」に切り替える大切なプロセスです。つまりオキシトシンは、肉体的にも精神的にも妊娠を後押しする“妊活ホルモン”なのです。

不妊治療でオキシトシンは出るのか?

  • ・タイミング法
    医師の指示で性交日を指定されると、どうしても「義務感」が先立ち、リラックスや愛情表現が二の次になります。これでは「きずなホルモン」オキシトシンの分泌は抑えられてしまいます。
  • ・人工授精(AIH)や体外受精(IVF)
    手技そのものは医学的には有効ですが、自然な性的刺激や愛情表現を伴わないため、脳内のオキシトシン回路はほとんど作動しません。オキシトシンは「安心感・愛情・ぬくもり」といった情動と密接に関係しています。精神的ストレスや義務感が強まると、逆に分泌が減少します。

不妊治療で心身が緊張や疲労にさらされれば、そのぶん妊娠力も低下する——これが「不妊治療不妊」の本質です。

「北風」と「太陽」の比喩

私は『ポジティブ妊娠レッスン』(主婦と生活社)という著書の中で、不妊治療を「北風」、真の妊活を「太陽」にたとえました。

  • ・北風型(不妊治療中心)
    医学的アプローチで卵子や精子を操作し、妊娠を“頑張って”目指す方法。短期間で結果が出る場合もありますが、心身への負担は大きく、長期戦になるほど妊娠力は低下しやすくなります。
  • ・太陽型(自然な妊娠力を高める)
    夫婦の関係性や日常生活の質を整え、オキシトシンをはじめとする妊活ホルモンを自然に高める方法でそ。身体が温まり、心もほどけ、結果的に妊娠しやすくなる。

もちろん、どちらか一方だけが正しいわけではありません。しかし「北風」だけでは、身体は固く閉じたままです。そこに「太陽」の要素—愛情、リラックス、ぬくもり—を加えることが大切です。

「卵巣セラピー」とオキシトシン妊活

「不妊ルーム」で行っている卵巣セラピーは、「太陽型妊活」を後押しするものです。やさしい刺激で卵巣の血流を改善し、自律神経を整え、ストレスを和らげます。これにより脳からオキシトシンが分泌されやすくなり、卵巣機能も回復し、卵子の質の改善が期待できます。

卵巣セラピーは治療というより“卵巣へのごほうび”です。「頑張れ、もっと働け」というプレッシャーではなく、「よく頑張っているね、ゆっくりして」というメッセージを卵巣に送るのです。この“いたわり”が、妊娠力を静かに引き上げていきます。

不妊治療は唯一の道ではない

医学的治療が必要なケースも確かにあります。しかし、「治療を重ねても妊娠しない」→「さらに強い治療へ」→「心身の消耗」→「妊娠力低下」というネガティブ・スパイラルに陥っている方は少なくありません。

その場合、少し立ち止まって「オキシトシンのスイッチ」を入れることが有効です。治療の合間に夫婦で旅行に出かけたり、肌と肌を触れ合わせて眠ったり、笑い合う時間を増やす——これらは単なる精神論ではなく、ホルモン分泌の観点からも理にかなっています。

妊娠力は「温めて」育てる

不妊治療は選択肢ですが、それだけが妊娠への道ではありません。妊娠力は、医療的介入だけでなく、心の安らぎや愛情の時間によっても育まれます。オキシトシンは、あなたの身体と心を妊娠モードに切り替える“天然の妊活スイッチ”です。そのスイッチを入れるために、「北風」だけでなく「太陽」を浴びるような妊活を取り入れてみませんか。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)