私は「不妊ルーム」で、日々多くの女性と向き合っています。
ときに医師ではなく、別の立場の専門家の言葉に、妊娠の本質を突きつけられることがあります。
先日、体外受精で卵子や精子、受精卵を扱う胚培養士(エンブリオロジスト)の方と話をする機会がありました。
何気ない会話の中でしたが、その言葉は私の中に深く残り、「これはぜひ体外受精を視野に入れている方に伝えたい」と思う出来事でした。
胚培養士という立場から見える世界
胚培養士は、採卵された卵子を直接手に取り、精子と受精させ、その後の受精卵・胚の成長を毎日観察する専門職です。
医師が診察室で超音波画像やホルモン値を見て判断するのに対し、胚培養士は「実物の卵子」「受精卵の質感」「細胞分裂のリズム」を、五感に近い感覚で捉えています。
いわば、命の誕生の最前線にいる存在です。
彼女は現在、低刺激採卵を基本とするART(補助生殖技術)医療機関に勤務していますが、5年前までは高刺激での体外受精を中心に行う医療機関に勤めていました。
私は率直にこう尋ねました。
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「2つの医療機関で、何か違いを感じますか?」
彼女の答えは、驚くほど明確でした。
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「全然違います。
前の医療機関で先生から渡される卵子は、なんとなく活きがよくないというか、元気がない感じがする卵が多かったんです。
でも、今の医師から渡される卵子は、新鮮というか、“これなら赤ちゃんにできるぞ”って思える卵なんです」
これはデータや論文の話ではありません。
何百、何千という卵子や胚を見てきた胚培養士だからこそ感じ取れる、言葉になりにくい「質感」の違いです。
もちろん、この違いは単純に「低刺激だから良い」「高刺激だから悪い」という話ではありません。
そこには、刺激法だけでなく、医療の考え方、採卵までのプロセス、薬剤の使い方、患者さんの体調への配慮、そして培養環境を含めた“体外受精インフラ”全体の違いが関係していると考えられます。
しかし、それでもなお彼女の言葉が示しているのは、「数を取るための治療」と「命の質を大切にする治療」の間に、隔たりがあるということです。
思い出した、ある医師の言葉
彼女の話を聞いたとき、私は自然周期採卵に生涯をかけた、ある医師の言葉を思い出しました。
「刺激法で10個卵が取れたとしても、赤ちゃんになれる卵は2個か3個。自然に育つ卵がいちばんいい」
この言葉は、決して刺激法を全面的に否定するものではありません。
ただ、「たくさん取れた」という結果と、「赤ちゃんになる」という結果には、距離があるという事実を示しています。
卵子は“数”ではなく“背景”で決まる
卵子は工業製品ではありませんから、ホルモンで無理に急かされ、短期間で数多く育てられた卵子と、女性の生理周期というリズムの中で成熟してきた卵子とでは、その内側に蓄えられている力が違います。
それは、顕微鏡で見ただけでは分からなくても、胚培養士の目には「元気さ」として映るのです。
不妊治療では、「何個卵が取れました」「何個受精しました」という数字が強調されがちです。
しかし、本当に大切なのは、その卵子がどのような環境で育ち、どのような過程を経て採卵されたのか、という背景です。
胚培養士の何気ない一言は、私たち医療者にとっても、そして患者さんにとっても、「治療の方向性」を考え直す大きなヒントに思えます。
命は、数ではなく、質と環境で育つ。
その当たり前の事実を、私たちは忘れてはいけないのだと、改めて感じさせられた出来事でした。

