体外受精はアーティストがおこなうべきです— EBMを超えたスキルとしての「ART」 —

F1レースとセーフティ・ドライビング

私は時々、日本でもトップクラスの体外受精を手がける医師と話をする機会をもちます。

「不妊ルーム」で日々行っているのは、いわば「セーフティ・ドライビング」の医療です。

心と体を整え、自然な妊娠力を最大限に引き出す——安全で確実な走りを目指すのが私の役割です。

一方、体外受精の現場は、まさにF1レースのような世界です。

限られた条件の中で、ミリ単位の精度と判断を要求される。

わずかな時間のズレや温度差、針の太さの選択までもが結果に影響します。

そこでは、医学的な正しさだけではなく、積み上げた「経験値」と「判断の速さ」が問われます。

私がこうした医師たちと会うことにしているのは、F1レースの知見を「不妊ルーム」に生かすことによって、妊娠される方が増えるからです。

ARTは「科学を超える“卓越した技能・技術”」

体外受精は、生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology)と呼ばれます。

略してART(アート)、芸術のことですね。

そしてARTには「特定の分野における卓越した技能や技術」という意味もあります。

この“ART”が意味するのは、科学を超えた“アート=卓越した技能・技術”だと私は思います。

ART医療が、科学的根拠(EBM)に基づくことは当然です。

しかし、体外受精の現場では、EBMだけでは説明のつかない「医療機関格差」が生まれています。

同じような状況の女性でも、結果が大きく違う。

そこには、数値化できない“手技の精度”や“判断の瞬発力”が存在します。

ですから、あなたが体外受精を受けるのなら、婦人科医ではなくアーティストのARTドクターにゆだねるべきです。

採卵針1本にも宿る「アーティストの技」

ある優秀なARTドクターがこう言いました。

「多くの医師は22ゲージの採卵針を使うけれど、私は24ゲージで採卵します」

数字が大きいほど針は細くなります。

24ゲージで採卵できるということは、女性の体への負担を減らせますし、小さい卵胞の中の卵子も採れますので、より多く採卵できるということです。

その針の選択と手の感覚、これは教科書にも論文にも載っていません。

EBMを超えたスキルの世界です。

卵子の発育を入念に観察し、手のわずかな感触で針の角度を変える。

そこには「手技」ではなく「判断力」と「経験知」がある。

まさに、職人の仕事です。

胚培養士もまた「命を扱うアーティスト」

2カ所のARTクリニックで勤務経験がある胚培養士が語ってくれた印象的な言葉があります。

「前のクリニックの先生の採卵した卵は、なんだか元気がなく、生きもよくなかった。

でも今の先生から渡される卵は、新鮮なんです。

『これなら赤ちゃんにできる』と感じる」

それは決して神秘的な話ではありません。

長年、顕微鏡下で受精卵を見続けてきた胚培養士だからこそ、受精卵のわずかな“張り”や“分裂速度”を見分けられる。

その観察眼と判断は、やはり科学の領域を超えた職人の技です。

受精卵を扱うということは、生命の誕生に立ち会うこと。

そこには、時間と温度と環境を、厳密にで感知する力が求められます。

優秀な培養士は、職人であり、まさに生命の設計に関わる「アーティスト」です。

命の舞台に立つアーティスト

体外受精の現場では、EBMだけでは限界があります。

なぜなら、相手にしているのは「確率」ではなく「生命」だからです。

統計上は妊娠率が30%でも、実際には妊娠する人、しない人がいる。

同じ培養条件でも、育つ卵と育たない卵がある。

その違いは、EBMを超えた「経験知」と「状況判断力」の差です。

だから私は、体外受精を担う高い技術をもつ医師や培養士を「アーティスト」と思うのです。

それは感性の話ではなく、最高のパフォーマンスを発揮する専門職という意味での“アーティスト”です。

「不妊ルーム」は後方支援します

カップルが希望されて、「不妊ルーム」から体外受精医療機関へ紹介する場合、私は1万名の相談の経験から、必ずアーティストのいる医療機関へ紹介しています。

それは何よりもART医療においては、医療機関格差の大きさを実感しているからです。

そして、後方支援として「卵巣セラピー」で、卵巣のコンディショニング行うことにしています。

ホルモンの数値が良い状態で採卵すれば、妊娠率が向上するからです。

いわば「不妊ルーム」は卵巣のチューニングを行うわけです。

「不妊ルーム」は、その舞台を整える「照明係」や「ステージマネージャー」でありたい。

心と体を整え、命が宿る土壌を最良の状態にする——それもまた、アートの一部だと信じています。

まとめ:体外受精は“Art Beyond Medicine”

体外受精は、単なる医療行為ではありません。

それはEBMを超えた統合的スキルの結晶です。

体外受精を行うのは、医師でありながらアーティスト。

その手に宿るのは、科学を超えた経験が生むアートの世界です。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)