「体外受精をすれば妊娠できる」と思われる方は少なくありません。
しかし、私は日々の診療の中で、「体外受精という技術」そのもの以上に大切なものがあると感じています。
それは、“卵巣の中で、どのように卵子が育っているか”ということです。
自然妊娠であっても、体外受精であっても、妊娠の出発点は卵子です。
どれほど高度な培養技術や最新の医療機器があっても、卵子そのものの質がよくなければ、受精や着床、さらには妊娠は継続しません。
だからこそ私は、「卵巣をいたわる」という視点が大切だと考えるのです。
体外受精で本当に大切なこと
体外受精では、排卵誘発剤を用いて複数の卵胞を育て、採卵を行います。
しかし、卵子が「たくさん採れた=良い結果」ではありません。
実際には、数よりも“質”が重要です。
採卵数が多くても、受精しない、胚盤胞まで育たない、着床しないというケースは少なくありません。
一方で、採卵数が少なくても、質の良い卵子が採れれば、妊娠に至ります。
世界で初めて体外受精を成功させ、ノーベル医学・生理学賞を受賞したロバート・エドワーズ博士は、「体外受精の成功は、いかに良い卵子を得るかにかかっている」と述べています。
私はこの言葉に深く共感します。
つまり、体外受精とは単に“卵を取る医療”ではなく、“良い卵を育てる医療”なのです。
卵巣はとても繊細な臓器
卵巣は、ストレス、睡眠不足、栄養状態、ホルモン環境、加齢など、さまざまな影響を受ける非常に繊細な臓器です。
特に体外受精を受ける方は、「何とか結果を出したい」という強い思いから、心も身体も緊張状態になりやすくなります。
しかし、卵巣は“頑張りすぎ”に弱い臓器です。
卵子は採卵直前に急に作られるわけではありません。
実は、数か月以上前から卵巣の中でゆっくり育っています。
そのため、採卵周期だけを頑張るのではなく、日頃から卵巣環境を整えておくことが大切なのです。
「卵巣セラピー」で行うこと
卵巣セラピーは、クスリやサプリメントを服用するだけではありません。
卵巣が本来持っている力を発揮できるよう、全身の状態を丁寧に整えていきます。
特に体外受精の方で重要になるのが、採卵のタイミングに合わせたホルモンやミネラルバランスの調整です。
私が重視しているのは、甲状腺ホルモン、DHEA、そして亜鉛と銅のバランスです。
甲状腺ホルモンは、卵胞発育や着床に深く関わっています。
少しの異常でも、卵子の成熟や胚の成長に影響することがあります。
また、DHEAは卵巣機能と関係が深く、年齢とともに低下しやすいホルモンです。
適切な管理によって、卵胞発育が改善する方もいます。
さらに見落とされやすいのが、亜鉛と銅のバランスです。
亜鉛は細胞分裂や受精に関わる非常に重要なミネラルですが、現代女性では不足していることが少なくありません。
逆に銅が過剰になると、酸化ストレスが高まり、着床障害をおこす可能性があります。
こうした微細なバランスを整えることで、卵巣-子宮の環境が変わり、結果が改善することがあります。
40歳を超えても、卵巣は応えてくれる
「年齢的にもう難しいですよね」と医師から言われたという患者さんに、私は何度も出会ってきました。
確かに年齢は大切な因子ですが、年齢だけで可能性が決まるわけではありません。
実際に、40歳を超えていても、卵巣環境を丁寧に整えることで良好卵が採れ、妊娠に至った方は少なくありません。
もちろん、魔法のような治療はありません。
しかし、卵巣は“いたわられること”によって、本来の力を発揮しやすくなることがあります。
私は、不妊治療とは「卵巣を追い込む医療」ではなく、「卵巣をいたわる医療」であるべきだと思っています。
採卵は“卵巣との対話”である
体外受精を続けていると、「何個採れたか」と数字ばかりに意識が向きがちになります。
しかし本当に大切なのは、卵巣がどんな状態で、どんなサインを出しているかに耳を傾けることです。
採卵は、単なる作業ではありません。
卵巣との対話です。
卵巣が疲れているときには休ませることも必要ですし、栄養やホルモン環境を整えながら、“育つ力”を待つ時間も大切です。
妊娠は、技術だけでは成立しません。
身体が「今なら迎え入れられる」と感じられる環境づくりが必要なのです。
だから私は、体外受精を受ける女性こそ、「卵巣をいたわる」という視点を忘れてほしくないと思っています。
卵巣セラピーとは、単に妊娠率を上げるための方法ではありません。女性の身体そのものを大切にするための医療なのです。


