ARTクリニックの扉をノックする前に—あなたの妊娠力を信じるという選択肢—

増え続けるARTクリニック

最近、「ARTクリニックで体外受精で妊娠できませんでした」という相談を受けることが、とても増えています。

それだけ体外受精(IVF)が一般化し、身近な医療になったということでしょう。

しかし、私はいつも心の中でこう思います。

「ちょっと待ってください。本当にその扉を開ける必要があったのでしょうか?

体外受精は確かに妊娠に至る1つの方法です。

けれども、決して“気軽に受ける治療”ではありません。

身体への負担、費用の重さ、そして心の揺れ動き——

そのどれもが小さなものではないからです。

ARTクリニックとは

まずは「ARTクリニック」という言葉を整理しておきましょう。

以前は「IVFクリニック」という名前が一般的でした。

IVFとは「In Vitro Fertilization」、すなわち体外(In Vitro)、受精(Fertilization)のことです。

ところが近年、「ARTクリニック」という名称が広がってきています。

ARTとは Assisted Reproductive Technology の略で、日本語では「補助生殖医療」と訳されます。

これは体外受精や顕微授精を中心とした、生殖補助技術の総称です。

つまり、「IVFクリニック」と「ARTクリニック」は、実際には同じ意味なのです。

それでもARTという言葉を使うのは、少し柔らかく聞こえるからかもしれません。

「体外受精専門クリニック」と書かれると、受診のハードルが高く感じられる。

でも「ARTクリニック」と言われれば、“妊活を応援してくれる場所”のように感じられる——

そんな心理的な効果もあるのでしょう。

「安易な一歩」がもたらす戸惑い

ここで大切なのは、ARTクリニックは“体外受精を専門に行う場所”だという事実です。

ですから、もし「タイミングを見てほしい」「排卵のリズムを整えたい」などの相談で軽い気持ちで受診したとしたら——

多くの場合、待っているのは「体外受精を前提とした説明」です。

「え? そんなにすぐ体外受精になるの?」

そう驚き、戸惑う方も少なくありません。

もちろん、体外受精が最善の選択となるケースもあります。

年齢的な要因や卵管の問題など、医学的に必要なこともあるでしょう。

しかし、まだ自然な妊娠の可能性が十分に残っている方が、早々に“高度医療のステージ”に進んでしまうのは、決して望ましいことではありません。

妊娠力を信じるという選択

私はこれまで多くのカップルとお話をしてきましたが、驚くほどたくさんの方が、ちょっとした生活の工夫や、適切なタイミング指導で妊娠につながっています。

例えば——

  • タイミングが少しずれていただけ
  • ホルモンバランスを整える薬で妊娠
  • 夫婦それぞれの生活習慣を見直したら授かった

「不妊ルーム」では、こうしたケースは、決して珍しくないのです。

こうして妊娠したカップルには、当院を受診する前に、人工授精はもとより、何回も体外受精を行っても妊娠しなかった方も数多くいるのです。

自然妊娠と不妊治療の間に「不妊ルーム」が必要とされる理由はここにあります。

私は、「自分たちの妊娠力を信じることがなによりも大切」と伝えたいのです。

体外受精は、〝最後の切り札〟としてとっておけばいい。

いきなりそこへ飛び込む必要はありません。

体外受精という医療の光と影

ARTクリニックはこれからもどんどん増えていくと予想されています。

それだけ体外受精のニーズが高まっているということです。

しかし、ここで忘れてはならないのは「技術があるからといって、必ずしもそれを使わなければならないわけではない」ということです。

体外受精は、hMGという強い注射を頻回おこない、卵巣を刺激して多くの卵子を取り出し、体外で受精させるというプロセスです。

その後の培養でよい胚として育てば、移植となります。

そして、その過程では、身体にも心にも負担がかかります。

何より、“やっても必ず妊娠するわけではない”という現実があります。

技術は光です。

しかし、光が強ければ強いほど、影も濃くなる。

私はその影を知っているからこそ、安易に体外受精に飛び込んでほしくないのです。

あなたに伝えたいこと

もし、あなたが今「ARTクリニックに行ってみようかな」と考えているとしたら、どうか一度立ち止まってみてください。

  • 私たちにとって本当に必要なステップなのか?
  • まだできることは他にないか?
  • 自然な妊娠の可能性を、見限っていないか?

その問いかけが、あなたの未来をきっと明るくします。

ARTクリニックはもちろんいけない場所ではありません。

むしろ、多くの方にとって最後の希望をつなぐ場所です。

ただし、それは「どうしても必要になったときに行くべき場所」なのです。

妊活は、走り続けるマラソンのようなものです。

ときに立ち止まり、ときに給水し、ときに仲間と励まし合うことが必要です。

「早く結果を出さなきゃ」

そんな焦りが、あなたを不必要な選択に追い込んでしまうことがあります。

だからこそ私あなたに伝えたい。

ARTクリニックの扉をノックする前に——あなた自身の妊娠力を信じてください。

その問いかけが、あなたと未来の赤ちゃんをつなぐ最良の道になるかもしれません。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)