「不妊ルーム」で44歳で妊娠されたWさんから、45歳で無事出産できたと報告がありました。彼女のこれまでの経過は大変興味深いものなので、振り返ってみたいと思います。
「不妊ルーム」受診まで
彼女が「不妊ルーム」に見えたのは、今から3年前の42歳の時でした。当院に来られるまでに、彼女はタイミング法の後、体外受精を2カ所の医療機関で、5回行うも妊娠には至りませんでした。しかし、彼女はこれからも体外受精を継続したいという明確な意志があり、体外受精カウンセリングを希望されました。
「不妊ルーム」でのその後
私はカウンセリングの後、彼女の気持ちに添うかたちで、次の体外受精に備えて、卵巣のケアに重きを置きました。いわゆる「卵巣セラピー」行ったわけです。彼女は亜鉛と銅のバランスの悪い人でした。さらに漢方薬や、DHEAサプリメントなどを用いてフォローアップを行い、体外受精を繰り返しおこなったのですが、やはり妊娠に至ることはありませんでした。
そして、体外受精を継続して1年が経過した頃、突然彼女は、「体外受精はやめます! これからタイミング法に戻りますので、引き続きフォローアップをお願いします」と申し出られました。私は彼女の希望にしたがい、これまで同様の卵巣セラピーと、メンタル・ケアを続けました。
さらに彼女は、タイミング法の原点に立ち返りたいと、子宮卵管造影検査を希望されたので、私は紹介状を書きました。その検査において両方の卵管の通過性も確認されましたので、「自然妊娠の可能性もありますよ」と、私は彼女にアドバイスしました。そしてそれから半年後に、妊娠反応陽性となったのです。
胎嚢が確認されると、産科への紹介となるわけですが、彼女の方から最先端の周産期医療を行える病院でのフォローアップを希望されました。彼女は自分の年齢を考えて、そうした病院を選択されるという英知も持ち合わせていました。それからの経過は私の心配をよそに、順調なものでした。
なぜ彼女が妊娠できたのでしょうか?
それでは体外受精を何度行っても妊娠できなかった彼女が、なぜ「不妊ルーム」のフォローアップで妊娠できたのでしょうか? それは卵巣セラピーがとてもうまくいったことが大きな理由だと思います。自然妊娠であれ、体外受精であれ、妊娠に最も大切なことは、卵巣の中で質の良い卵子が育つことです。そのためのアシストが卵巣セラピーになるわけです。人は年齢が高くなると、卵子の育ち方が悪くなります。しかしながら、年齢が高いからといって、質の良い卵子が育たなくなるわけではありません。
排卵レースをマラソンに例えるならば、年齢が高くなることは、エントリーする選手の数が減るとともに、選手の平均年齢が高くなることです。しかしながら、そうしたレースにおいても、トップスター的な選手が出現しないとはかぎりません。そうした選手をうまく育成してレースに参加させることができれば、トップでゴールしますね。同様に質の良い卵子が育ち、その卵子が排卵して、うまく精子と巡り会うことができれば妊娠となるわけです。卵巣セラピーとは、育成選手を生み出すような治療です。
妊娠周期の彼女の治療
「不妊ルーム」のフォローアップで妊娠された場合、私はその方のカルテを取り出して、これまでを振り返ってみます。そして特に注目するのは、妊娠した周期でどのような治療を行っていたかということと、その周期にどのような検査値であったかということです。
Wさんが妊娠した周期のDHEAの値は2030、LH:2.5、FSH:9.3. さらに亜鉛:103、銅:97と、すべてが理想に近い数字でした。このような卵巣の環境で良好な卵子が育ち、幸いにもその卵子が精子と巡り会ったので妊娠に至ったと考えられます。
彼女が妊娠できたさらなる理由
彼女が妊娠できたもう一つの大きな理由は、ポジティブな気持ちの持ち方だと思います。彼女は来院時、いつもニコニコして明るく、妊娠という結果が出なくても、生理が来ても、「またがんばります」と繰り返すだけでした。私が「あまり頑張りすぎないように」とアドバイスすると、「ほどほどにがんばります」といったような回答をされる人でした。こうした気持ちの持ち方が、妊娠につながりやすいのだと思います。
体外受精は自然妊娠を否定しない
ある時Wさんは、こんな話をしてくれました。「不妊治療にエントリーしてから長らく医師の指定した日にしかセックスしなくなっていました。この習慣から抜け出すのに時間がかかりました」。
これが人工授精まで進むと、この傾向に拍車がかかります。そして、体外受精を受けているカップルにはセックスレスも少なくありません。これは自分たちが妊娠するのは、体外受精しか方法がない、自然妊娠は自分たちにはあり得ないという思い込みがあるのです。
しかし、体外受精や顕微授精といった高度生殖医療を行う医療機関においても、妊娠した人の約75パーセントは、女性の排卵期にあわせて夫婦生活をする「タイミング法」という、自然に近い形で妊娠しているのです。たとえば、高度生殖医療が必要なケースは、不妊症患者さんの10パーセント前後にすぎないのです。不妊症として通院しているかなりの方も、自然妊娠、あるいはより自然に近い形で、妊娠できる可能性はあるのです。このことはぜひ忘れないでください。