頚膣超音波検査に代わるものを求めて
漢方薬の次に考えたのは、タイミング指導に工夫を加えることでした。不妊治療におけるタイミング指導とは、頚膣超音波検査で卵胞という卵子を包んでいる袋の大きさを計測します。それが2センチ程度になると排卵が近いので、医師が「翌日タイミングを持ってください」というふうに指導するのが一般的です。しかし、この方法は、かなり患者さんの精神的なストレスになるようで、評判のいいものではありません。
「生理が来て憂鬱になったと思ったら、しばらくして今日卵胞チェックに行かなければいけないかと思うと、また憂鬱になってしまう」。不妊治療を始めてから、1ヵ月に憂鬱になる機会がもう一回増えたと言うのです。実際にタイミング指導が始まると、セックスの回数が激減し、「ピンポイント・セックス」となるカップルが増えることは、カウンセリングの経験から嫌と言うほど私はわかっていました。
そこで私はこの頚膣超音波検査による卵胞チェックに代わる新しい方法がないものかと模索し始めました。ちょうどその頃、ドラッグストアで「排卵日検査薬」なるものが普及し始めていました。これは排卵が近づいた頃から、女性が採尿し、尿中にスティックを浸すことによって、LHサージ(排卵直前に、黄体形成ホルモン=LHの分泌が急増する現象)があり、結果としてLHが尿中に出てくるので、それを感知するものです。この方法であれば、女性が自宅でできるのでとても簡単です。またストレスもほとんどありません。
それで排卵日検査薬を使用することを勧めました。これは概ね好評で、皆さんすぐに馴染んでいきました。さらに一工夫を加えたいと思った私は、この排卵日検査薬の陰性(−)、陽性(+)という結果を、基礎体温表の中に書き込んでもらうことを思いつき、「不妊ルーム」に通院されている女性たちに伝えました。すると、「先生、排卵がリアルに感知できるようになりました」などとコメントを貰いました。
基礎体温表の中に排卵日検査薬の結果を書き込んでいくことは、それからいろいろな情報を書き込むことにもつながっていきました。それによって基礎体温表が非常にビジュアルなものとなり、女性の卵巣の状態が〝見える化〟できるようになりました。基礎体温表をつけるのではなく、活用する方向にうまく切り換えることができ、継続のモチベーションもアップしました。
「Golden 5 days」
排卵の時期が把握できるようになると、カップルが行うべき大切なことは1つです。そうセックスを持つことです。不妊治療の頚膣超音波検査では、医師が卵胞の大きさを計測し、「明日がんばってください」などとアドバイスします。ところが、こうしたアドバイスを受けたカップルは、男性、女性ともに大きなプレッシャーとなってしまうことが多いのです。
そこで私は、排卵をおおまかに予測できたら、その日をピンポイントで狙うのではなく、排卵と思われるあたりにセックスを増やすことを提案しました。そして、排卵日検査薬の陽性が出てからの5日間を、「Golden 5 days」と名付けたのです。「Golden 5 daysに、なるべく多くセックスを持つと妊娠の可能性が高まります」と、アドバイスしたところ、実際に妊娠される方が驚くほど増えました。
この「Golden 5 days」の根拠をお話しします。頚膣超音波検査が登場する前は、婦人科診療において、排卵日は基礎体温表が最低体温となる日だと長く考えられてきました。ところが、頚膣超音波で実際の卵胞の大きさを計測できるようになると、必ずしも〝最低体温日=排卵日ではない〟ことがはっきりしてきたのです。実際の頻度を調べてみると、最低体温日前日5%、最低体温日22%、その翌日40%、その翌々日25%というように、むしろ最低体温日の後に排卵する頻度が高いことがわかってきたのです。ですから、排卵日検査薬が陽性になった後のしばらくは、いつでも妊娠のチャンスがあると私は考えたのです。
「3種の神器」&「3つの法則」
気がつけば、役者が出揃っていました。「婦人体温計」「基礎体温表」「排卵日検査薬」の3つです。これらを使用してタイミングをとるわけですから、私は「3種の神器」と名づけました。
そして、この3種の神器を使って、
①基礎体温表をつける
②排卵日検査薬を併用する
③夫婦生活を増やす
の3つのことを勧めました。これを「3つの法則」と名づけたのです。これらはすべてカップルが家庭において行えます。「不妊治療にエントリーする前にカップルでできることはありますよ」というメッセージを、私は「不妊ルーム」に来られる方に送ったわけです。多くのカップルがこれを受け入れ、そしてたくさんの女性が妊娠されました。ですから私は、このことを「不妊ルーム」に通院される方だけではなく、世の中の妊娠につまずいているカップルにも、広く知らせる必要があるのではないかと思い始めたのです。
(つづく)