そもそもARTとは?
ARTは「高度生殖医療」と言われていますが、そもそもARTとは何なのでしょうか? ARTは、Assisted Reproductive Technologyの訳です。
したがって、正しく訳するならば「補助生殖技術」ということになります。
しかしながら、日本では「高度生殖医療」と意訳されて使われているのです。
卵巣の中から卵子を取り出すという手技が、補助生殖技術であり、高度生殖医療というわけです。
そして最近では、街中でも「〇〇ARTクリニック」という看板を目にする機会も多くなったと思います。
ここでは、「ART」と統一して使用します。
ARTとはどのような治療なのか?
ARTとは女性の卵巣内から卵子を体の外に取り出し、受精させる技術(方法)を指しています。
すなわち、卵巣という内蔵の中にある卵子を、「体外」に取り出すことが高度な医療になるわけです。
一方で、人工授精など精子を操作する(活発な精子を回収したり、濃度調整したりする技術)ことは高度の範囲外のこととされています。
しかし、最近は未熟な精子を精巣から取り出し、シャーレの中で成育させることなども行われているため、どこからが「高度」なのかの線引きは曖昧になっていると思います。
ARTが、それまで妊娠が難しかった女性の何割かにおいて、妊娠を実現したことは間違いありません。
例えば両方の卵管が閉塞や、外科的に切除してしまった女性において、ARTなしには妊娠はありえませんでした。
さらに、顕微授精の登場は、「男性不妊」に悩むカップルに福音をもたらしました。
なぜなら、1匹の健全な精子があれば、顕微授精により妊娠が可能になったからです。
ARTを選ぶ前に
体外受精を始めとする、顕微授精、胚盤胞移植などは高度生殖医療と呼ばれ、不妊治療の最終段階に位置する医療です。
本来不妊治療は、医師が夫婦生活の日にちを指導するタイミング法から始まり、第二段階の人工授精を経て、それでも妊娠に至らない場合、体外受精に移行するのが一般的でした。
しかしながら、不妊治療医療機関の増加に加え、2022年の4月からの保険適用拡大によってARTも保険適用となったため、高度生殖医療までの助走期間が短くなっているという現実があります。
この点によく注意して、ARTに本当にエントリーすべきかどうか、考えることが大切だと思います。
この後の文章でARTの発展の経過について解説したいと思います。
■イノベーション(1)~体外受精~
ARTは今日、世界的に普及していますが、それは、3つのイノベーションが起きたからです。最初のイノベーションは言うまでもなく、1978年に、英国のエドワーズとステプトーによって両側の卵管が閉塞している女性の卵巣から卵子を取り出し、体外のシャーレの中で受精させ、受精卵(胚)を再び子宮の中に戻して、ルイーズ・ブラウンという女の子が誕生したことでした。
当初は「試験管ベイビー」などとも呼ばれ、いろいろと議論を巻き起こしつつも、国を越えて広がっていきました。
しかし体外受精を行っても、男性因子に大きな問題がある場合、妊娠という結果は得られませんでした。
■イノベーション(2)~顕微授精というブレイクスルー~
ARTにおける2つ目のイノベーションは、泌尿器科医パレルモによってもたらされました。
元気のいい精子を1つ注射針で吸い取り、それを卵子の細胞質内に注入するという方法によって、子どもが誕生するということが証明されたのです。
それ以前は、透明体と卵細胞の間に複数の精子を注入する方法がとられていました。なぜこうした方法がとられたかというと、卵子の細胞質内はDNAが存在するところであり、いわば「神の領域」と考えられ、そこに針を刺すということがためらわれていたのです。
しかし実際に細胞質内に精子を注入してみると、それまでの方法に比べて妊娠率が格段に高く、あっという間にグローバル・スタンダード(世界標準)になりました。
この卵細胞質内精子注入法(ICSI)という方法は、極端な言い方をすれば、1つの健全な精子さえあれば妊娠が可能な方法です。
顕微授精は、このように男性不妊のブレイクスルー(突破口)になった治療法ですが、最近ではその適応範囲を女性にも広げています。
たとえば体外受精を何回しても妊娠しない場合は、卵子の外側を包んでいる透明体というゼリー状の膜がかたく、精子が通過できないと考えられて、顕微授精が適応となります。
■イノベーション(3)~経膣採卵により外来の医療へ~
そしてART分野における第3のイノベーションは、経膣採卵の登場でした。
それまで体外受精で卵を採取するためには、手術室で腹腔鏡を用いて行わなければなりませんでした。
しかし超音波検査が進歩してくると、膣から超音波ガイド下に直接注射針で、卵巣から卵子を採取することが可能になりました。
すなわち体外受精というARTは、手術室を必要とする病棟の医療から、クリニックでも行える外来の医療へとシフトしたのです。
経膣採卵の登場によって体外受精-胚移植という医療は、とてもコンパクトなものとなり、大病院ではなくても、小さなクリニックでも行うことが可能となったわけです。
このことは、体外受精や顕微受精の登場に比べるとあまり注目はされませんが、ARTが急速に普及したのは、経膣採卵なしには考えられません。
こうした3つのイノベーションによって、今日ARTは世界中でおこなわれるようになったのです。
増えつづけるART医療機関と低い妊娠率
体外受精などの高度生殖医療における妊娠率は、医療機関によって著しいばらつきや格差がありますが、なぜこのような現実があるのでしょうか?
それは、体外受精を行うための設備、いわば「体外受精インフラ」に違いがあること、また卵子の培養などを実際に行う胚培養士の質に、医療機関でばらつきが見られることが影響しています。
しかしそのばらつきといっても、妊娠率が0%〜100%というわけではなく、5%〜30%の開きがあるというのが現実です。
ARTをおこなえる施設は増加の一途をたどり、現在では日本産科婦人科学会に登録されている施設の数は600を超えています。
大病院からクリニックへのシフトにより、各医療機関が独自の工夫を加え、体外受精などのARTを行っています。
体外受精や顕微受精は、ARTと言われるように、高いテクノロジーを使った医療ではあります。
しかし、その妊娠率は全国平均20%、そして分娩に至るまでの生産率が15%の医療です。
決して夢の医療などではありません。こうした現実を冷静に見つめて、ARTを検討するという姿勢が大切だと思います。