「不妊治療」という言葉から多くの方がイメージされるのは、排卵誘発剤や体外受精といった、いわば“卵巣を動かす医療”ではないでしょうか。
しかし、「不妊ルーム」で行っている卵巣セラピーは、その考え方とは少し異なります。
一言で言えば、「生殖内科医療」、すなわち“卵巣のコンディションを整える医療”です。
実際に、私の著書を読まれた婦人科の先生から、「これまで生殖医療は婦人科中心の領域だと思っていましたが、生殖内科学という視点がこれから必要になると感じました」という感想をいただきました。
この言葉は、現在の不妊医療の課題と、これからの方向性を示唆していると思います。
従来の不妊治療と卵巣への負担
不妊治療では、卵巣をターゲットに、「いかに排卵させるか」「いかに多くの卵子を採取するか」が重視されてきました。
特に体外受精においては、より多くの卵子を得るために強い排卵誘発が行われることも少なくありません。
しかしここで一度立ち止まって考えていただきたいのです。
卵巣は単なる“卵子の貯蔵庫”ではありません。
非常に繊細で、ホルモンバランスや栄養状態、さらにはストレスの影響を強く受ける臓器です。
その卵巣に対して強い刺激を与え続けることは、卵子に「負荷」や「ストレス」をかけ続けることになります。
短期的には結果が出ることがあっても、長期的に見たときに本当に良い卵子の質が育っているのか——この視点が、これからの妊活には欠かせないと私は考えています。
「北風」と「太陽」—卵巣への向き合い方
ここで思い出していただきたいのが、イソップ寓話の「北風と太陽」です。
旅人のコートを脱がせようとして、北風は強く吹きつけますが、旅人はかえってコートを強く握りしめてしまいます。
一方、太陽はやさしく照らし、結果として旅人は自らコートを脱ぎます。
従来の不妊治療を“北風”とするならば、卵巣セラピーは“太陽”の医療です。
無理に卵巣を動かすのではなく、卵巣が自然に力を発揮できるように環境を整える。
その結果として、卵巣の中で良い卵子が育っていく——これが私の考える妊活です。
卵巣セラピーで行う内科的アプローチ
では具体的に、卵巣セラピーでは何を行うのでしょうか。
ポイントは「体の内側から卵巣を支えること」です。
まず重要なのがビタミンDです。
ビタミンDは骨だけでなく、生殖機能にも深く関わっており、卵巣機能のサポートに欠かせない栄養素です。
不足している方には適切な補充を行います。
DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)も大切です。
これは副腎で作られるホルモンで、卵巣内の環境改善に寄与する可能性が示唆されています。
特に卵巣予備能が低下している高齢の女性に、DHEAの補充が有効な場合が多くあります。
さらに、亜鉛と銅のバランス調整も重要です。
これらの微量元素は、ホルモンの合成や抗酸化に関わり、卵子の質に影響を与えます。
亜鉛と銅は、シーソーのような関係にあるので、「バランスを整える」ことが鍵となります。
そして見逃してはならないのが甲状腺ホルモンです。
甲状腺機能のわずかな異常でも、排卵や着床に影響を及ぼすことがあります。
適正なホルモン値に整えることは、妊娠しやすい体づくりの基本です。
このように卵巣セラピーは、外から刺激を加えるのではなく、内科的に体全体のバランスを整え、その結果として卵巣の働きを引き出す医療なのです。
高齢妊活時代に求められる視点
現代は晩婚化により、妊活のスタート年齢も確実に上がっています。
その中で避けて通れないのが「卵子のエイジング」という問題です。
年齢とともに卵子の質が低下することは医学的に明らかですが、だからこそ重要になるのは「いかに卵巣を守るか」という視点です。
強い刺激を繰り返す治療が、必ずしも最善とは限りません。
むしろ、卵巣に優しいアプローチを選択することで、本来の力を引き出せるケースも少なくないのです。
女性の社会進出が進み、人生設計が多様化している今、妊活もまた個別化されるべき時代に入っています。
その中で、卵巣セラピーという“いたわる医療”は、重要な選択肢になると私は考えています。
卵巣をいたわるという発想
最後にお伝えしたいのは、「卵巣をいたわる」という発想です。
多くの方が、妊活というと「何かをしなければ」「結果を出さなければ」と考えがちです。
しかし本来、妊娠とは体の中で自然に起こる現象です。
その土台となる卵巣が疲れてしまっていては、どれだけ外から働きかけても限界があります。
だからこそ、まずは卵巣の声に耳を傾けること。
栄養を整え、ホルモンバランスを整え、無理をさせないこと。
その積み重ねが、結果として妊娠への最短距離になるのです。
卵巣セラピーは、女性の身体に寄り添う、理にかなったアプローチです。
これからの時代、不妊治療に「内科的妊活」という考え方が広がっていくことを、私は願っています。

