自然妊娠 with 人工授精という考え方

ハイブリッドな考え方が妊娠への近道になる

不妊治療というと、「自然妊娠か」「人工授精(AIH)か」「体外受精か」というように、どれか一つを選ばなければならないものだと、考えている方が少なくありません。

しかし、妊娠を望むカップルにとって、自然妊娠と人工授精を対立させる必要はないと私は考えています。

むしろ、両者の良さを活かした「自然妊娠 with 人工授精」というハイブリッドな考え方が、妊娠への近道になるケースも多いのです。

人工授精(AIH)の現実的な妊娠率

人工授精(AIH)は、医師が排卵のタイミングを把握し、洗浄・濃縮して運動性の高い精子を子宮内に直接注入する治療法です。

「医療が介入しているのだから、自然妊娠より確率が高いのでは?」と思われがちですが、実際の妊娠率は、1周期あたり、5〜8%程度と決して高くはありません。

この低い数字を見て、驚く人も多いと思います。

しかし、この妊娠率の背景には、自然妊娠が本来持っている“見えない力”が関係しています。

自然なセックスがもたらす心と体への影響

自然なセックスには、単なる「精子を届ける行為」以上の意味があります。

パートナーとのスキンシップや安心感は、脳に強く作用し、ストレスホルモン(コルチゾール)を抑制します。

これは、妊娠にとって非常に重要なポイントです。

ストレスが強い状態では、排卵が遅れたり、黄体機能が低下したり、着床しにくくなることが分かっています。

逆に、リラックスした状態では、排卵がスムーズに起こり、ホルモンバランスが安定し、子宮内膜の状態も整いやすくなります。

つまり、心の状態が、そのまま妊娠力に影響するのです。

性的興奮とホルモンの力

自然なセックスの最中、体内ではさまざまなホルモンが分泌されます。

代表的なものが、

  • オキシトシン(絆・安心のホルモン)
  • ドーパミン(快感・意欲のホルモン)
  • エストロゲン(女性ホルモンの中心)

これらのホルモンは、骨盤内の血流を増やし、子宮や卵管に新鮮な血液を送り込みます。

血流が良くなるということは、卵管の動きが活発になり、受精や初期胚の移動がスムーズになる可能性が高まるということです。

さらに、オーガズム時には子宮がリズミカルに収縮し、精子を卵管方向へ運ぶ手助けをしてくれます。

これは人工授精では再現できない、自然妊娠ならではの働きです。

精液がもつ「自然のサポート機能」

自然妊娠が人工授精より有利な理由は、もう一つあります。

それが、精液中に含まれるプロスタグランジンです。

プロスタグランジンは、子宮頸管の粘液を柔らかくする、子宮の収縮を促す、といった作用を持ち、精子が子宮内へ入りやすい環境を作ります。

人工授精では、精子を洗浄する過程で、このプロスタグランジンの多くが除去されてしまいます。

一方、自然なセックスでは、精液が膣内に放出されることで、これらの成分が直接、女性の体に作用するのです。

人工授精と自然妊娠は「競合」ではない

ここまで読むと、「では人工授精は不要なのでは?」と思われるかもしれません。

しかし、私はそうは考えていません。人工授精の最大のメリットは、「排卵のタイミングを知ることができる」という点にあります。

排卵日を予測することは、自然妊娠においても極めて重要です。

人工授精を行う周期では、超音波検査、ホルモン値を調べて、排卵のタイミングを精密に把握します。

この情報は、自然妊娠を期待するうえでも非常に価値が高いのです。

「自然妊娠 with 人工授精」というハイブリッド戦略

そこで私がお勧めしているのが、人工授精を「ゴール」ではなく、「排卵の目安」として使う考え方です。

具体的には、人工授精の前後に、無理のない自然なタイミングを持ち、治療のためではなく、パートナーとのつながりを大切にすることです。

それにより、人工授精による医学的サポート、自然妊娠がもつ心身・ホルモン・生理的メリット、その両方を同時に活かすことができます。

妊娠は、単なる確率の積み重ねではありません。

体だけでなく、心、関係性、日常の積み重ねが大きく影響します。

「自然か、医療か」ではなく、「自然妊娠 with 人工授精」という柔軟な視点を持つことで、妊娠への道は現実的で優しいものになると私は信じています。

不妊治療に疲れを感じている方ほど、ぜひこの考え方を知っていただけたらと思います。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)