不妊治療をラットレースにしないために

不妊治療をラットレースにしないために

1.ステップアップ療法が過去形に

かつて不妊治療には、明確な“型”がありました。

まず半年ほどのタイミング法、

妊娠に至らなければ人工授精(AIH)を4〜5回、

その後に体外受精(IVF)へ──

という段階的なステップアップです。

カップルも次のステップがわかりやすく、治療の見通しが立てやすい方法でした。

しかし近年、このステップアップ療法は過去のものになりつつあります。

治療のステップが短縮され、十分な説明がないまま早期に体外受精へ誘導されるケースが増えているからです。

もちろん早期体外受精移行が必要な場面もありますが、問題は「根拠が曖昧なまま進んでしまう」例が少なくないことです。

2.治療が動いていない─最大の落とし穴

タイミング法や人工授精で結果が出ず、そのまま同じ医療機関で体外受精へ進む。

この流れはスムーズに見えますが、大きな落とし穴があります。

それは

“体外受精の技術レベルが低い施設でそのまま突入するリスク”

です。

採卵技術、培養士の熟練度、培養液の質、凍結技術、胚移植の精度──

これらは施設ごとに大きく異なります。

タイミングやAIHを得意とするクリニックが、そのまま体外受精などの高度生殖医療にも強いとは限りません。

治療を続けていると「前に進んでいる」と錯覚しやすいものです。

しかし実際には、全力で走っているのに進んでいない回し車の中で頑張っているだけの“ラットレース”に陥るケースを多く見てきました。

3.ラットレースとは何か──妊活特有の意味

ラットレースとは、ケージの中でネズミが必死に回し車のなかで走っているのに一歩も前へ進まない状態を指します。

不妊治療では、

  • 採卵を繰り返しても卵が育たない
  • 移植を重ねても結果が変わらない
  • 説明はあるが改善策が示されない
  • 治療が「次はこのメニューです」と流れ作業化する

こうした状態がラットレースに相当します。

頑張り方は間違っていないのに、環境が成果を引き出せていない──そんな状況です。

だからこそ私は、「不妊ルーム」をセカンドオピニオンを得るための場所、そしてケージの中で必死に走らされている“ラット”を救い出す場所でありたいと願います。

治療に疲れ、出口が見えないとき、回し車の速度を落とし、状況を整理し、正しい道へ導く場所。

それが「不妊ルーム」の役割です。

4.ラットレースと「セカンドオピニオン」

この状態を避けるうえで最も重要なのは、セカンドオピニオンを求める勇気です。

治療方針、検査の妥当性、採卵数が少ない理由、受精が進まない理由──これらは医師によって解釈が異なります。

別の視点から意見を得ることで、問題点や改善策が明確になり、治療が大きく前進するケースは珍しくありません。

「主治医に悪い気がする」

「病院を変えるのは裏切りみたい」

こうした気持ちはよくわかります。

しかし医療は本来“患者さんが選ぶもの”です。

あなたが情報を比較検討するのは当然の権利であり、むしろ積極的に使うべき手段です。

5.「イニシアチブ」を取り戻すという考え方

もうひとつ大切なのは、カップルが治療のイニシアチブ(主導権)を持つことです。

  • なぜその治療が必要なのか
  • 改善のポイントはどこか
  • 次周期に向けて何が変わるのか
  • 妊娠率がどれくらい改善する見込みがあるのか

これらを把握しながら進むことで、治療は初めて「あなたのもの」になります。

医師に反抗する意味ではなく、目的と戦略を理解しながら進む姿勢が治療の質を確実に高めます。

6.不妊治療には「ステップダウン」がない

不妊治療には、一度ステップアップすると戻れないという特徴があります。

体外受精に進んだ後、「やっぱりAIHに戻りましょう」という展開はほぼありません。

だからこそ、どの環境でステップアップを決断するかが極めて重要です。

ここで間違えると、ラットレースの速度が上がり、より出口が見えなくなってしまいます。

7.ラットレースに陥らない3つの原則

不妊治療が過酷にならないために、次の3つを忘れないでください。

  • 治療の進み方が早すぎないか、自問する
  • セカンドオピニオンをためらわない
  • 治療のイニシアチブ(主導権)を持つ

不妊治療はあなたたちが選択するものです。

努力が報われないラットレースではなく、確実に前へ進む治療計画を一緒に築いていきましょう。

困ったときは、「不妊ルーム」にいつでも相談してください。

あなたの頑張りを結果につなげるために、全力でサポートします。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)