甲状腺ホルモンを味方につける ー 卵子の質を高めて妊娠しやすい体をつくる(2)

甲状腺ホルモンが妊活で注目される理由

近年、不妊治療で大きく注目を集めているのが「甲状腺ホルモン」です。

もともと甲状腺の病気と妊娠の関係は、かねてより知られていました。

たとえば、甲状腺機能低下症(橋本病など)や甲状腺機能亢進症(バセドウ病)は、どちらも妊娠にマイナスの影響を及ぼすことが医学的に明らかにされています。

しかしここ10年ほどで状況は大きく変わりました。

単に病気の有無を確認するだけではなく、より微細な甲状腺ホルモンの「コントロール」こそが妊娠率を高めるカギになることが分かってきたのです。

この考え方を後押ししたのが、アメリカの生殖医療学会からの報告でした。

従来は「病気レベルではないから大丈夫」とされていた女性でも、甲状腺ホルモンの値をより厳密に調整することで妊娠しやすくなることが示されたのです。

甲状腺ホルモンとは「元気の源」

甲状腺ホルモンは、首の前にある小さな器官「甲状腺」から分泌されます。

一言でいえば体と心を健やかに保つ「元気の源ホルモン」です。

不足するとどうなる?

甲状腺機能低下症では、体の新陳代謝が落ち、だるさや疲労感、集中力の低下が起こります。

重度になると無気力になったり、うつ症状が現れることもあります。

多すぎるとどうなる?

甲状腺機能亢進症では、運動していないのに心臓がドキドキしたり、汗が止まらなかったり、体重が急に減ったりします。

つまり、このホルモンはちょうどいいバランスが重要なのです。

妊娠においても同じで、ホルモンが足りなければ妊娠が成立しにくくなり、多すぎても体が不安定になってしまうのです。

TSHという重要な指標

甲状腺ホルモンの働きをチェックするときに必ず登場するのが「TSH(甲状腺刺激ホルモン)」です。

これは脳の下垂体から分泌され、甲状腺に「もっとホルモンを出しなさい」と指令を送るホルモンです。

もし甲状腺ホルモンが不足していれば、TSHは高くなります。

反対に甲状腺ホルモンが十分なら、TSHは低めになります。

つまり、TSHの値を見ることで体内の甲状腺ホルモンの状態を推し量ることができるのです。

妊活の現場では、このTSHの「正常範囲」をより厳しく設定する傾向が強まっています。

内科的には正常でも、生殖医療の観点からは「もっと下げた方が妊娠に有利」とされるケースがあるのです。

なぜ妊娠率が上がるのか?

では、なぜ甲状腺ホルモンを適切にコントロールすることで妊娠率が上がるのでしょうか。

卵巣機能のサポート

甲状腺ホルモンは全身の代謝を高める働きを持っています。

卵巣も例外ではなく、血流や代謝がスムーズに行われることで卵子の発育が促されます。

着床環境の改善

受精卵が子宮内膜に着床するためには、ホルモンバランスが安定していることが欠かせません。

甲状腺ホルモンが不足していると内膜の状態が整わず、着床がうまくいかないリスクが高まります。

流産リスクの軽減

甲状腺機能低下症は、流産のリスクを高めることが知られています。

TSHを適切にコントロールすることで、妊娠の継続率も高くなると考えられています。

「正常値」だけでは足りない

医療の世界には血圧や血糖値など、さまざまな「基準値」が存在します。

甲状腺ホルモンも同様に、TSHの正常範囲が決められています。

しかし妊娠を希望する女性の場合、一般の基準値よりもさらに厳しい基準を採用することがあります。

たとえば、通常はTSHが4.0まで正常とされても、妊活では「2.5以下」を目指すことが推奨される場合があるのです。

つまり「病気ではないから大丈夫」ではなく、「より妊娠しやすい値に整える」という考え方が大切なのです。

臨床の現場での実感

私自身が「不妊ルーム」で患者さんを診療している中でも、TSHを改善する治療を行った後に妊娠される方が増えているのを実感しています。

実際に、体外受精を何度も試みても妊娠できなかった方が、甲状腺ホルモンの治療を取り入れたことで妊娠に至った例もあります。

卵子の質や子宮内膜の状態に目を向けるだけでなく、全身のホルモン環境を整えることがどれほど重要かを物語っています。

もしあなたが妊娠を望んで医療機関を受診しているのに、甲状腺ホルモンについて触れられたことがないなら、医療機関の変更も検討しましょう。

自分でできることはある?

甲状腺ホルモンの調整は基本的に医師の管理下で行うべきですが、日常生活でもサポートできることがあります。

バランスのとれた食事

ヨウ素(海藻類など)やセレン(ナッツや魚介類)は甲状腺の働きを助けます。

ただし摂りすぎは逆効果なので注意が必要です。

過度なストレスを避ける

ストレスはホルモンバランスを乱し、甲状腺機能にも悪影響を与えます。

定期的な検診

妊活中は半年〜1年に1度、甲状腺の検査を受けておくと安心です。

甲状腺を味方につける妊活を

妊娠を望む女性にとって、甲状腺ホルモンは「まだ見ぬ重要なパートナー」です。

従来は病気の有無だけが問題にされていましたが、今ではその微妙なバランスを整えることで妊娠率を高められることが分かってきました。

もしこれまで不妊治療を受けていても結果が出なかった方は、一度甲状腺ホルモンの状態を確認してみてください。

小さな数値の変化が、妊娠の可能性を高めます。

「卵子の質を高める」という妊活の基本に、ぜひ「甲状腺ホルモンのコントロール」を加えてみましょう。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)