妊活脳をつくる「オキシトシン」 ——脳の神経伝達から考える妊活の新常識

妊活脳をつくる「オキシトシン」 ——脳の神経伝達から考える妊活の新常識

前回、ホルモンとしてのオキシトシンのはたらきについて説明しました。今回はオキシトシンのもうひとつの顔、「神経伝達物質」のお話しをします。

「愛情ホルモン」「幸せホルモン」など、どこかふんわりしたイメージで語られることの多いこの物質。でも、実はオキシトシンには、脳の中で神経伝達物質として働くという、もう一つのとても重要な顔があります。

つまり、オキシトシンは「やさしさ」や「安心感」といった気持ちをつくるだけでなく、神経レベルで脳と体を妊娠に向けて調整する力を持っているのです。

ホルモンと神経伝達物質、2つの顔をもつオキシトシン

オキシトシンは、脳の視床下部という場所でつくられ、下垂体から血液中に放出されます。子宮を収縮させたり、母乳を出したりといったホルモンとしての働きをします。

一方で、脳内では神経細胞から神経細胞へ情報を伝える「神経伝達物質」としても活躍しています。つまり、体と心、両方に同時に働きかける“二刀流”なのです。

とくに重要なのが、オキシトシンが感情や行動をコントロールする脳領域に作用するという点です。不安や恐怖を感じる「扁桃体(へんとうたい)」の働きを静めたり、快感や幸福感を生み出す報酬系を刺激して、脳の“妊娠しやすいモード”をつくり出してくれるのです。

「安心」は脳から始まる

オキシトシンは、肌のふれあいや視線の交流、セックスやオーガズムといった親密なスキンシップで分泌が高まります。これにより、脳内では不安が抑えられ、リラックス感や親密さが増していきます。これは決して気のせいではなく、オキシトシンが神経伝達物質として脳内ネットワークを変化させている結果なのです。

この「安心」や「信頼」が、実は妊娠という出来事の土台になることは、あまり知られていません。たとえば副交感神経が優位になると、血流がよくなり、子宮や卵巣の環境も整ってきます。ホルモンバランスの安定にもつながり、排卵や着床にも好影響を及ぼします。つまり、「安心している脳」は、「妊娠しやすい体」をつくる第一歩なのです。

脳内チームプレー:オキシトシン・ドーパミン・セロトニン

妊娠に向けた脳の環境づくりには、オキシトシン単独ではなく、ドーパミンやセロトニンとの“連携プレー”が重要です。

  • ドーパミン:「うれしい!」「もっとしたい!」といった快感の源で、性行為や愛情表現とセットで分泌されます。これがオキシトシンと組み合わさると、行動のポジティブな記憶として脳に刻まれ、「この人といると幸せ」と感じやすくなります。
  • セロトニン:「落ち着く」「安心する」などの感情を支える物質で、不安やイライラを和らげてくれます。オキシトシンが増えることで、このセロトニンの分泌も促されます。

この3つがバランスよく働いていると、脳は「ここは安心、安全。赤ちゃんを迎える準備ができている」と判断します。逆に、このバランスが崩れると、「ストレス状態」として脳が身構えてしまい、妊娠のハードルが上がってしまうのです。

妊娠を遠ざける“ストレス脳”

「がんばっているのに妊娠できない」という声を多く聞きますが、そこにひそむのが慢性的なストレスです。ストレスがかかると、脳の視床下部‐下垂体‐副腎系が活性化し、「コルチゾール」などのストレスホルモンが分泌されます。これが続くと、排卵が乱れたり、子宮内膜が整わなくなったり、さらには性欲の低下にもつながってしまいます。

ここでオキシトシンの出番です。オキシトシンは過剰な興奮を鎮め、ストレス反応を和らげる働きがあります。つまり、オキシトシンが出ている状態は、妊娠に適した“平穏な脳内環境”でもあるのです。

妊活のヒントは、数字ではなく「ぬくもり」に

妊活というと、「排卵日」「基礎体温」「ホルモン値」など、“数字”に目が向きがちです。もちろんそれも大切ですが、脳内の神経伝達物質のバランスこそが、その数値に影響を与えているという視点は、もっと知ってほしいところです。

オキシトシンは、「ありがとう」「がんばってるね」という言葉、目を見て笑い合う時間、手をつなぐぬくもり——そうした関係性の中で自然と分泌が高まります。
数字を追いかけすぎて、心が置き去りになっていませんか?

妊娠は「心の現象」でもある

妊娠は、単なる生物学的なプロセスではありません。オキシトシンの働きは、それが「こころの状態」によって左右される現象であることを私たちに教えてくれます。

がんばりすぎてつかれたとき、まずは「妊活スケジュール」を脇に置いて、大切な人と手をつないでみてください。そのぬくもりが、脳に「安心していいよ」と語りかけ、オキシトシンをそっと呼び起こしてくれるはずです。

あなたの中の“脳”が変われば、妊娠への扉も静かに開いていくかもしれません。

著者
こまえクリニック院長
こまえクリニック院長放生 勲(ほうじょう いさお)