
③ 体外受精の現状を知りましょう
体外受精という医療にどう臨むのか?
カップルの5組に1組が不妊に悩んでいると言われています。
こうした社会情勢を反映して、体外受精などの高度生殖補助医療(ART)によって誕生する子どもの数は年々増え続けています。
私は2006年に出版した本の中で、次のように記しました。
「2002年末でわが国での体外受精児の数は、累計で10万人を突破しました。 さらに2003年の1年間で17、400人の体外受精児が誕生しています。 これは生まれてくる子供の実に65人に1人が体外受精児だ、ということを物語っているのです。小学校のどのクラスにも、1人の体外受精によって生まれた子どもがいるということも、現実として視野に入ってきました。」
そして2019年現在では、生まれてくる子どもの15人に1人が体外受精児であるとも言われています。ですから、小学校のどのクラスにも2人は、体外受精によって生まれた子どもがいることになります。
しかしながらそのいっぽうで、体外受精による妊娠率は、 ここ10年余り20%前後の横ばい状態を続けています。 それにも関わらず体外受精児の数が増加している理由は、不妊治療を受ける方の総数が増加しているからでしょう。
体外受精の妊娠率20%の意味するところは、 この医療をしても妊娠率が5人に1人だいうことです。妊娠に至ったとしても流産する確率も高く、1回の体外受精で子どもを抱いて帰れる確率(生産率)は15%なのです。
こうした体外受精という医療にどう臨むのかは、本当に大切です。
体外受精(IVF)とはどのような医療なのか
体外受精では、以下の4つの過程を行うことにより妊娠に至ることを目指す医療です。
(1) 排卵誘発
(2) 採卵
(3) 採精、および精子の調整
(4) 受精、および培養
体外受精を行う場合、この過程に加え肺移植も行うこととなります。そのため、体外受精は英語でIn Vitro Fertilizationということで「IVF」と略されることも多いですが、正しくはIVF-ETと略すのがよいのではないかと考えています。ETはEmbryo Transferの略で、日本語では「胚移植」と表現します。つまり、IVF-ETというのは、体外において受精した受精卵(胚)を体内に移植することであり、そのほうが正しく現状を表しているのではないかと思うのです。
体外受精と胚移植
体外受精では、出来る限り多数の卵子を得るために排卵誘発剤を使用する医療機関が多いです。
(排卵誘発をおこなわない医療機関もあります)
そして、卵胞の大きさから卵子が成熟したと思われる段階で採卵を行います。同時に男性より精液を提供してもらい、洗浄や濃縮を行うことで調整精液を用意します。
シャーレ内の卵子に、調整した精子をかけることで受精を行います。結果は翌日、シャーレ内の卵子を顕微鏡で観察することによって、確かめることが可能です。
受精卵はさらに培養を進めます。順調であれば、卵割が開始されます。複数にうまく分割された卵子(分割卵=胚)の中で、状態が良いと判断したもののみ子宮内へ移植します。これが胚移植です。
その後、より妊娠を成立しやすくするために黄体ホルモン製剤の補充を行うというのが一般的です。経過が順調ならば、胚移植からおよそ2週間で妊娠に至ることとなります。
顕微授精(ICSI)とは?
体外受精の登場が、当初「試験管ベイビー」とネーミングされたように、非常にセンセーショナルなものでした。顕微授精が登場した際は、世間ではそこまで話題にならなかかったように思います。
ですが私は顕微授精もまた、体外受精同様、革命的な医療だと思います。この顕微授精が確立されたことで、男性不妊を解決できる確率が向上したのです。
体外受精がそれまで不可能であった卵管因子の妊娠を可能にしたように、顕微授精は男性因子による不妊に革命的ともいえる変化をもたらしたわけです。
顕微授精はこれまでいくつかの改良が加えられました。1992年には、卵子に細い注射針を刺して、細胞質の中に直接1つの精子を注入する卵細胞質内精子注入法(ICSI)が登場しました。それまでの卵細胞膜と透明帯の間に精子を注入するやり方(PZD, SUZI)よりも妊娠に至る確率が大幅に高かったことから、瞬く間に顕微授精のグローバル・スタンダード(世界標準)になりました。現在では、顕微授精=ICSIと考えて差し支えありません。
大雑把な言い方をしますと、精液内の精子の数が、1mlあたり1000万を切ると、人工授精でも妊娠が難しく、100万を切ると体外受精を行っても妊娠は困難といわれてきました。ですがICSIでは、1つでも状態の良い精子が存在すれば妊娠が可能となる治療法です。
さらに顕微授精が革命的と言えるのは、無精子症患者のかなりの割合で妊娠が可能になったことです。無精子症と言っても、全く精子が作られることが無いケースと、精子は作られていても作られた精子が体外に出られない場合とがあります。造精がないのであれば、精子提供を第三者から受けることになります。一方、後者は閉塞性無精子症と呼ばれ、こうした患者においては、睾丸、もしくは精巣上体に泌尿器科的なアプローチを行い、直接精子を採取し顕微授精を行うということが可能です。
胚盤胞移植の特長と問題点
体外受精においては、かねてよりひとつの「矛盾」が指摘されてきました。自然妊娠の場合、卵管の両方の端にある卵管膨大部にて卵子と精子が出会い、受精卵は5〜6日かけてゆっくりと卵管内を子宮内膜を目指して移動し、そして着床します。
着床した受精卵というのは、細胞分裂が進行することで、130〜150細胞からなる胚盤胞と呼ばれる状態になっています。ですが、体外受精では4〜8分割卵を子宮内に戻しますので、3日〜4日間のタイムラグがあることが問題だったのです。
これまで、このような形の体外受精が行われていたのは、卵子が体の外という非生理的な環境下に置かれる時間は、できるだけ短い方がよいと考えられてきたこともあります。そして、培養液・培養技術の限界により、培養器内においては胚盤胞までの分化が不可能だったという事情がありました。
時が経ち、培養技術等の改良によって、受精卵を5〜6日まで培養して良好な胚盤胞にまで育てて戻すことが可能となってからは、胚盤胞移植と呼ばれる技術が急速に普及しました。 これによりほぼ自然な状態の妊娠と近い状態の胚を子宮の中へと戻すことが可能となりました。
従来の初期胚移植だと、ホテルに宿泊する際を例にとれば、ベッドメイキングが終わらないうちにお客様が到着されたという状態だったのが、胚盤胞移植を行うことで、ベッドメイク完了状態で到着できるわけです。
しかし胚盤胞移植も課題が全くないわけではありません。もうひとつの問題は、長期培養とにより、受精卵が胚盤胞にまで到達せず、胚移植ができなくなってしまう確率が上がることになります 。 受精卵を培養しても、胚盤胞にまで育つ割合はおよそ4割と考えられており、複数個培養したとしても、胚移植キャンセル率は20%を超えるといわれています。
胚盤胞移植は、一般の初期胚移植よりも高い技術が要求される医療です。 さらに、胚盤胞移植は、胚盤胞にまで発育していく過程で受精卵が選択されていくので、見かけ上の妊娠率がよいだけで、最終的な妊娠率が高くないという報告もあります。