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コラム

【書籍試し読み】不妊治療の不都合な真実(5)

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2019年11月1日

不妊治療の不都合な真実

目次

    不妊ルーム院長が執筆いたしました書籍「不妊治療の不都合な真実」の内容の一部をご紹介いたします。 

     

    ■体外受精のモラルハザード

    どんなに立派な理念ではじまったものも、状況に巻き込まれていくなかで変わってしまうというのは、きわめてよくあることですが、私は不妊治療に関しても同じことを感じています。不妊治療をおこなう医療機関における、一種のモラルハザードの問題です。

    私にとって忘れがたいのは、私たち夫婦が不妊治療にかよっていたあるクリニックで目撃した次のような風景です。

    そのクリニックでは、診察室と待合室との間のドアが開けっぱなしになっていて、診察室に内診台が二台ありました。Aさんという患者さんが先に内診を済ませて椅子に座ると、次のBさんがもう一台の内診台の上に乗ってスタンバイし、まるで流れ作業のような診察がなされていたのです。

    当然、これではAさんと医師との会話がBさんに筒抜けです。プライバシーの侵害と言ったレベルではなく、これは明らかな人権問題です。私がのちに不妊治療に悩む患者さんの相談を受け始めた原体験です。

    体外受精ではなぜ、そのような杜撰な診療が現在もまかり通っているのでしょうか。

    ひとことでいえば、たくさんの患者さんをこなさなくては、クリニックが立ちゆかないからです。短時間に患者さんを次々にさばかなくてはならないため、工場のベルトコンベアー作業のようになっている。内診台を診察室の中に2台も入れるという、医療の常識では考えられないようなことも、何年間も続けているうちにその医師にとって、常識になって今日に至っているのでしょう。

    このほかにも、体外受精におけるモラルハザードは進んでいます。

    たとえば、体外受精を行うかどうかを判断するうえで、とても大切な子宮卵管造影という検査があります。

    子宮卵管造影が大事な理由は、体外受精の絶対適応となる卵管因子、つまり卵管が詰まっているかどうかを確実に判断できる検査はこれしかないからです。しかし、この検査を私が重視する理由は、もう一つあります。じつはこの検査をすると、その後の三ヶ月間から半年間、妊娠しやすくなるのです。

    卵管はとても細い管ですが、そこに造影剤を通すことによって管の中が洗浄され、そのなかを卵子が転がりやすくなり妊娠の確率が上がる——これは不妊治療にかかわる医師ならば誰でも知ってることです。

    ところが、実際に子宮卵管造影が行われる現場をみると、一度に何人も患者さんを集め、芋洗いみたいな感じで同時に卵管造影を行うクリニックがあります。

    検査後も、写真を一枚だけ撮って渡され(通常は時間をあけて3枚撮ります)、「あなたの卵管は大丈夫です」と言われて終わりです。いまは患者さんの側がリテラシーがついてきたので、「子宮卵管造影の結果の写真のコピーがほしい」といえば、どのクリニックでもCDに焼いてくれますが、レントゲン写真をゼロックスでコピーして、真っ黒な紙を渡したという医師もいて、私は黒い紙を見てびっくりしました。

    たくさんの患者さんにたいして同時に検査が行われているので、「ほんとにこの写真が自分の写真かどうか不安で仕方がない」という患者さんがいます。じっさいに写真の取り違えが起きることはないのでしょうが、検査を受ける側が不安になる気持ちは理解できます。

    どうしてこういう雑な検査になるかといえば、子宮卵管造影はあくまで体外受精に患者さんを導くためのプロセスに過ぎないと考えているからではないでしょうか。

    一回の体外受精に40万円から80万円もかかるクリニックでも、使い捨ての針や既成品の培養液などを全部合計しても、そのつどにかかる器材の原価はせいぜい3〜4万円程度です。それなのに高額の請求がなされるのは、その他のランニングコストがとても大きいからです。

    ■体外受精の高コスト構造

    体外受精のクリニックが高コスト構造になってしまうのには、はっきりとした理由があります。ふつうの医療機関、たとえば通常の婦人科クリニックであれば、医師と看護師と医療事務の人がいればワークします。しかし体外受精などの高度生殖医療を行う医療機関は、「培養士」というスタッフがいないことには動かないのです。

    そこで、培養士の登場にいたる不妊治療における培養の歴史を、ここで少々振り返ってみます。

    体外受精が普及し始めた当初は、体外受精のための一連の作業、つまり培養や、顕微授精は医師自身が行っていました。しかし婦人科医はこうしたラボワークのほかに、通常の婦人科診療などがありますから、体外受精のスキルアップまでは、なかなか手が回りません。そこで、いわば婦人科医療の間隙をぬうようなかたちで、培養士(エンブリオロジスト)という人たちが出てきたのです。

    培養士は医師ではありませんから、医学部を卒業している必要はありません。実際、獣医学部や農学部出身者などが多く、それまでは家畜等の体外受精、顕微授精などを行ってきたというバックグラウンドの持ち主が多いのです。いわば卵子を扱うプロフェッショナルですから、この分野においては医師よりもはるかに優秀であることがはっきりとしてきました。

    そうした流れの中で、体外受精などを行う高度生殖医療機関には、待合室や診察室に加えて、培養士が体外受精、顕微受精、培養などを行う部屋が必要となったのです。

    培養士が働く部屋を、私は「ラボ(ラボラトリー)」と呼ぶようにしています。まさにそこは技術がモノを言う、一種の研究室です。体外受精のスキルやノウハウは、このラボの中にファイルされています。体外受精がうまくいき妊娠できるかどうかは、そのクリニックにおける「ラボ力」の差だといっても過言ではありません。

    高度生殖医療を行う医療機関は、培養士を雇用しなければなりません。培養士をたくさん抱えるほどクリニックはランニングコストがかさみます。そして、そのコストは患者にかぶさってきます。

    体外受精の医療機関はつねに多くの患者さんを必要とするため、ホームページに算出根拠が曖昧な高い「妊娠率」を載せたり、口当たりのいいキャッチフレーズやファンシーなデザインなど、あの手この手が使われています。

    いまは地方でも不妊治療のクリニックが増えています。そして、地方で成功したART医療機関が、東京にサテライトを作るという流れができつつあります。地方とは比較にならないほど不妊に悩む患者さんが多く、ビジネスとして見た場合、東京はとても大きなマーケットだからです。

    最近開院する高度生殖医療をおこなうクリニックは、待合室をホテルのロビーのように豪華なつくりにして、「病院」というイメージを起こさせないような感じにしているところがたくさんあります。もちろん、ゴージャスにするにはそれだけのお金がかかりますから、やはり多くの患者さんを体外受精に誘導しないことには、クリニックとしての経営が成立しなくなります。体外受精にかかるコストはこうしてどんどん高くなり、患者さんに転嫁されてしまうのです。

    しかも、あとの章で詳しく述べる膨大な「公的助成」が注ぎ込まれているわけです。

     

     

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    ≪院長プロフィール≫
    こまえクリニック院長 放生 勲

    昭和62年3月 弘前大学医学部卒業

    都内の病院にて2年間の内科研修

    フライブルク大学病院および
    マックス=プランク免疫学研究所留学

    東京大学大学院医学博士課程修了
    (東京大学医学博士)

    平成11年5月こまえクリニック開院


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